若者と芸術と創造論(大人のための若者講座 )


「若者の感覚はすばらしいからもっと彼等から学ばないと時代についていけないよ」という大人がいます。

まるで既製服の洋服屋さんのような事を言うなあ、と観察していると、「ははあ、この人は、ひょっとすると、学ぶのが好きな、あの ”コーガクレキ(高学歴)人間だな”しかも、”ものわかり系”の」と気づく事があります。

しかし、もっとよく観察すると、「な〜んだ、何か若者に売り付けようと企んでいるんだな」とその魂胆が見えてきます。「なら、学ぶって言うなあ〜」と思ったりするのですが、本人がそうしなければ、「商売上がったり」なわけだから後学のために聞いておくことにしています。

そういう大人に限って、これは、自分の創造性のなさからの発言である事がわかります。

この種の人にとっての「創造」は、流行のものをつなぎあわせる作業ですから、なるほど、材料がわからなくては、売り付ける若者の好みのものなど作れるわけはありません。

勉強熱心な人です。しかし、そのアンテナもそろそろ感度が鈍くなり、何かと受信も悪くなってきたのでしょう。

誰だって、同世代の者の発する電波はアンテナを必要としません。何となく、同じものを見て、同じ教育を受けて、同じマックのバーガーを食べてきたのですから知ろうと努力する必要もありません。

それなら老人クラブに行っても同じじゃないか?と思うのですが、どうも老人の好みにくわしい者を「あの人は、感覚がにぶい」と言って尊敬したりはしません。

(ちなみに、芸能人は「霊感が強いこと」が自慢のようですが、「オレは、霊などまったく信じない」と言う者もいます。

私は、「なら、墓地に一人で行って一泊して、ビデオ撮影して来てくれ、京人形も連れて」と言うと大概、断ります。なら「信じてないって言うなあ〜」と思ったりします。)

年を取るに従い、何だか、若者の方が「感覚がスルドイ」と思い始める者が多いように、思います。

「若者は、総じて、ただ、走るのが速いだけだ」としか考えない私が、そんな事を簡単に信じるわけはありません。

「若者が感覚がするどい?」

「け〜!笑止千万!」「そんなバカな!」

若者は何時の時代も
流行に敏感 なだけです。

(ちなみに、「今年の流行色」と言うのは、各国の業者が毎年、会議して決定するそうです。金持ち国が「談合」して無駄な色への経費を削減しよう、という事でしょうか。)

「芸術的感覚」というのは個人に宿るものです。

大衆に宿るもんじゃない事は、歴史を見れば誰でもわかる事です。

あの、20世紀に残すべき音楽第1位の(私が勝手に決めました)ストラビンスキ−(ちなみに第2位は、武満徹、第3位はデュークエリントン第4位はスティーブライヒに決定しました、お知らせして置きます)の晩年は、親しい、友人知人に自分の全裸の写真を送ることが何よりの楽しみでした。色々な場所へ行く度、そこで全裸になり写真を取るのです。

(私はその中の「湖のほとりにて」版のストラビンスキ−を見ました。(ボカシは入っていましたが、)送られた友人たちの気持ちがわかります。ついでに、ケンカ別れした友人の詩人の「ジャン.コクトー死す!」の新聞記事を見て、「あいつは自分の死さえも売名に使いやがった!」とののしったと言います。)

20世紀、最大の「感覚」はこんなお方に宿ったのです。それが「流行」にはならなかったのは、彼以外、これを「趣味」にできなかったからです。

ダウンタウンの松本人志が、小学生の頃、転入してきた浜田を校門で見て「あっ、スペインからの留学生が来た」と瞬時に思ったと言います。

こんな例は、いくらでも上げられます。年齢も男女の区別もありません。(本当は、「男」だけ、と思っていますが、あまり大きな声で言うと、ほら、、女性はすぐ「私は本当は詩人です」って言い出すから。)


若者が多数派の消費者でなければ誰も気にしないでしょう。(やがてやって来ますが)


第2次ベビ−ブ−ムのおかげで大量発生した、すべての文化を決める権限を持った、マークシートによって国語力が低下した若年層が、現代の神(顧客?)として君臨し崇められ、すべての「文化」の決定権を持っていると言うのです。


その若者の「好み」を熟知した代表として「教祖様」となり、影の大番長として君臨し、ひ弱な芸術家のイメージをキープしつつ、華原朋美とお手々ばかりつないでいたあの小室哲哉氏が、一国を代表する作曲家として「沖縄サミット」のテーマを依頼されました。


さすがに誰も聞かない事を予想して、使い回しできるように制作した「商才」には、伊達に名前に「哉」の字をつけていない奴、とあらためて「哉」一族の功績に「う〜む」と感心したものです。

『本当は、「小林亜星でもよい」、と思っていましたが。(こういう事は、総理大臣一人で決める事らしい。娘もいたし。)活躍中の「哉」一族は、もう一人いますが、比較されると、恥ずかしいので上げませんが』


しかし、そうした「感覚がスルドイ?」という若者たちよりも、そんな発言に権威を持たせて若者の支持を得ようと世間に認知させ、当たり前の常識のように言う大人の方が怖いと思うのです。(「ぬぅあ〜にをあたまよさそ〜に〜いいや〜がって〜」、、、あっ失礼しました。)

現在の若者なら誰でも簡単にやれる「ラップミュージック」(「大人」がやると「恥ずかしい〜」です。)は、「講談」の再来で、先代、田辺一角 が生きていれば絶対にラップ教の「教祖」になっていた事でしょう。(知っている人は若者ではないと思いますが)


一定の音韻を一定のビートに乗せることにより、日本人の言語感を利用した恍惚感に訴えかけたサブリミナルミュージックの、単純な音づくりも、講談の扇子の合の手のリズムに似ています。

『ちなみに、私は、このたまらん恥ずかしさのある、(例えば、ズボンを履き忘れたまま、それを承知でネクタイを絞めてスーツを着て歩き回る感じのような)日本語ラップミュージックは上記の「快感原則」に従い、聞く事を拒否する聴覚はないのですが、感覚がすぐれているから、云々と言われたら、「ちょっと待った〜」と言っているわけです。』


「ラップミュージック」をやる、と決めた時点で、その創造の90パーセントは、終えているわけです。残り10パーセントが「快感」の工夫勝負に入るわけです。


お経を唱える快感原則」と同じ所から発生しています。サンスクリット語の持つ音韻を漢字で書き留めたお経が、脳を刺激し、いわゆる、「トリップ状態=恍惚感」を作り出していくわけです。

(沖縄にも、無意識にこの「呪文の魔力」に取りつかれ、何を作っても「お経」にしかならない霊媒士を装ったミュージシャンがおります。まだまだ沖縄には、まがい物ですが、何でも揃っておりますので「メンソーレー」。飽きないです。こいつらのしでかすことにはあ〜)


だから、音楽と無縁であった高校生でも、その日からバンドをつくって「創造」できるわけです。その手軽さで、身近な者が次々へと「変身」して行き、自分たちの世代の代表として活躍し始めることに、我を忘れて応援したくなるわけです。


自己投影の対象物として感情が移入しやすいわけです。

「どんなに、スターになっても、しょせん同級生は、話せばわかる、」という事です。

それは、「孫」の唄を唄う世代にも同種の感情があるわけです。

要は、今、どんな世代の層がすぐれた消費文化を担っているか?という経済の論理から、すべての価値観の優先位置が決定しているわけです。

聞き手の「自己投影」が簡単に起こり得ない者にはスター性はないという事です。


アクターズの製造する「芸能ロボット」の成功は、沖縄の才能の開花を意味してはいません。


東京芸能文化への「怨念」を背負った、一人の「本土から来た男」が作り上げた、一つの作品なわけです。


 『
ワンポイント「島言葉」レッスン:「本土の男」は、原住民の間では「ナイチャア〜」と呼ばれる。

[内地]の普通名詞に「者」を表す接尾語「er」を加える「内地er ] 語型。この語型は、多い。造語も可能。男女の区別なし。一般に知れ渡る「ヤマトンチュ−」は年寄りが使う用語であり、公式語としての役割をする。


これに対し「ナイチャアー」は一種の「蔑視用語」であるが日常会話で比較的若い層で主に使われている。しかし、このナイチャアーが島民と結婚している場合は、その者に対して使うのは、控えられる。


この場合、「そんな意味はないですよ」というやさしい抑揚で「ナイチャアー」と発音され使う場合もある。前後の文脈を見て判断する。音節は、「ナイ」と「チャアー」に分けられる。沖縄語は大抵、第1と第2音節に同じ比重のアクセントがつくと思えば、へんな「ナイチャアー方言」が避けられる。「ナイチャアー方言」は通常第1音節のみにアクセントがついている場合が多い。

ちなみに、この「ナイチャー」は基本的に近年は「東京人」を指しています。同じ本土の者でも区別がつくようになって来ましたからね。沖縄の人の「対極」にいます。つまりもっとも「国際的」でない人種の多い場所の事です。外国人はみなそう白状します。

「日本人論」てどう読んでも「東京人」の事ですよ!外国の友人が1人2人いるからでは、証明されません。みんな「実は、何考えているかわからない」とぼやいています。下町生まれ以外ね。日本人に接する態度と外人に接する態度がちがうのですよ。

いわゆる[
two faces ]と呼ばれるものです。日本人の「近代知性人像」がまちがってしまったんです。書斎に籠ってつくり上げた「インテリゲンチャン」像と一致するわけです。「論理性=頭がよい」と考えた事です。西洋では「普通の疑問の追求」だったわけです。「論理性の追求」は。八百屋のおやじでも「どうして?」と問うわけですから。

外国に住んで見る事です。または他府県に「
越境」して何年も住んで外部の文化になじんで見る事です。「おしゃべり」じゃない人間は通用しません。自分から外部に合わせる努力をする経験を重ねる事です。誰に対しても。これまですべて逆でしょ?長い間の「鎖国」の後遺症ですよ。「無気味な日本人」です』


原石を見つけ、トレーニングを積んで、磨き、世に問うたわけです。


それに続けと、もともと修行が苦手な若者たちが「私も、おれも、ぼくも」と、その「天から垂らされた糸」を掴もうと、既存の流行品風のまがい物をこしらえ、売り付けようともがいているわけです。


神は、その中からさらに二人の田舎の高校生の娘だけを選んで、一時の夢を与えたわけです。長い人生のきっかけを作ったわけです。


現在、それらの成功につられ、多くの芸能若者があふれているわけです。それをあおっているのが、その土地の経済界で、それが、唯一の若者との接点であるわけです。成功例があれば、それも一つの起業活動と見なすわけです。

これは、途上の国には、どこでも見られる、子供の行動です。

河原で拾った石を、懸命に磨き、「宝石だ!」と言って売り付け、米を買うわけです。


それを聞き付け、同様に、その石を拾いに、一獲千金を狙った本土音楽産業から送られたスカウトマンが、社運を賭けないで、「原石を発掘せよ」という使命を背負って、道ばたの小石で何とかできないものか、と、かつての「星の砂探し」のように送られて来るわけです。


それを聞き付け、実は私もオレもワレもマロも、と、もともとここに住んでおりました、と海を越え北の若者が「越境」し、押し寄せ、インド音楽やら、アフリカ音楽やらレゲエやらを始めるわけですが、そういう聞き馴れない異国の音楽に島民はいぶかしげに遠目で眺めているわけです。

これら弥生系移住の若い民は、やがて独自の村を各自、安い「店鋪」を借りてお互いの交流の場として棲息し始めるわけです。

彼等は、縄文系島民との親密な交流は避け(表面的なフレンドリーさは演じてはいる)擬似(ぎじ)のアメリカ外地文化を再生させ、「外人住宅」をそのふさわしい住処として占領し、住み出し始めるわけです。


島民から物を買う際、かつての「アメリカ外貨」を平気で差し出す、という者もあり、もともと外地の者には、「過剰な親切をもって接する」、という祖先伝来の教えに従う、未開地らしい性を有した島民も戸惑っているという話しです。

いずれにせよ、南の地は北の民族にはパラダイスとなり、北のなまけものの若者と南の一般市民の奇妙な対峙が実現したわけです。「インドは遠いから」がその移住の主な理由という事です。

その北の民族の中からごく稀に土着の者に同化する若者もいるという事です。土着したその北の民は、けっしてかつての同胞の許へは、もどらないと言います。その土着の言葉を覚え、風習を重んじ、心を許せる友を得、やがて島の娘と契りを交わし、一族の儀式のしきたりを率先して行なう者となり、島民からも愛され、幸せに暮らしていくという話です。またしても、メデタシ、メデタシです。

こうして、芸能奨励国、沖縄は誕生しているわけです。

現在、アクターズの次なる新型ロボットが生まれないのは、よくわからなかった初期型ロボットの成功要因をより強化しようと、完全なる設計図がおそらく完成してしまったと言えます。

その言動、立ち振るまい、歩き方、着こなし、すべてが理論化されてしまったわけです。


『かつて、私は、そのロボット予備軍の軍団に、本拠地近くのコンビニで出食わし、その立ち振るまい、飛び交う会話に(「は〜いサリーこっちよ、どう?あんちくしょうとは上手く行ってる〜」これ以上は、手が震えてとても書けましぇ〜ん)、自分はせむし男なんだ、自分に与えられた今日の仕事は、ただ、ただ店内を掃いてきれいにする事なんだ、と思ったものでございます。とてもあのトレンディドラマのコンビニのシーンに自分という者などが存在するのはふさわしくない、人間には、神から与えられた領分と言うものがあるんだ、とさすがの無神論者の私にも即座に理解できたのでございます。』


創造は、理論化された時点で「死」を迎えるわけです。

大衆は、もっと「不完全」な物の隙間に自己を投影し、「完全」と成す事でそれぞれの「夢」を埋め込み、好きになるのです。不確実性があるから「人気」投資株が上がるわけです。

そこが、「目指した時点で終っている」という人気の神秘性です。

理論化できる程度に情報が揃った時点で、それはもう「終っている」のです。

これが、現在、テレビ番組「万物創世記」であらゆる人気理論の許に、歌手を選び、詩をつくり、曲を作成しても期待したほどの視聴者からの「反応」は起っていないという原因の一つと見ることができます。

これは理論化された、すべてのものに適応します。それを忠実に再現した音楽ほど、完璧ではあっても、「つまらない」のです。ジャズのアドリブしかり、非の打ち所のない「りっぱな人間」しかりです。

今世紀を振り返っても、突出した感覚を持ったアーティストというのはごく限られています。若者が流行をつくる度、感覚が鋭いなんて言ってたら、感覚というものの正体がいつまで経ってもつかめません。

その証拠に昔の若者の「感覚」は時代に通用しなくなっているわけです。後は、「教育」で伝えるしかありません。

「感覚が鈍った」というのは、単に、時代性を失った、という事です。これは「流行」とは違うものです。

その時代性をつかむ事が「感覚」ではないのです。それは、学習によって誰でも、ある程度は、身につけられる種のものです。(実行するのには、恥ずかしい、やりたくない、とか、みっともない、とか、という意識を捨てなければ、彼等には同化できません。同じ種族である、という「証し」を見せなくては「仲間」にはなれません)

ただし、これは個人の中から生まれた「偏向」から来る「感覚」ではないため、時代とともに廃れるわけです。

感覚は廃れません。時代の消費者の数によって押しやられているだけなのです。

となりの老人の好ん食べる、しぶ柿を誰も好む者がいないという、その老人独特の「嗜好」が独自の「味覚」として死ぬまで存在し続けているのです。

生まれてから死ぬまで、その老人は、しぶ柿に関しての味に対する「感覚がスルドイ」わけです。

その老人が芸術家であれば「いつかは、みんなこのうまさがわかるであろう」と一人ほくそ笑んでいるわけです。絶対に時代と共に失うものではない、といえます。世の中で何が起ろうともその老人は信じて疑わないわけです。

これに反して、「流行」と言うのは誰でも手軽に真似のできる、という種のものです。

したがって、若者の間で、もてはやされているものは「感覚」の所産ではなく「流行」と言えます。個人の「偏向」から来るものではない、という事です。

必ず、仲間づくりがまず先にあり「連帯」して、擬似文化の一時期の住人となり、若年期における壊れやすい自己のための要塞を築いて「自己」を守っているわけです。


要するに、仲間がいなくてはダメなのです。

しかし、世紀を越えての「創造」は常に、たった一人によってなされていくわけです。自分だけの「スルドイ感覚」を信じているわけです。

したがって、「若者が感覚が鋭い」などという者は、自己の創造力のなさを認めず、デタラメな情報を流し、もっともそうな顔で若者文化を支え、感覚が衰えているという、「世の同世代の者とは一線を画すんだオレは」、という演出を巧みに行っているわけです。

その者は、「感覚がちっとも鋭く無い」、「流行に敏感な」、(「情報」と言ってもよい、)「学習好きの勉強家」であった、かつての「若者」の姿そのものであり、

その古くなった「情報」を「
リニューアル」させ、若者と仲良くなって、またしても「時代の仲間入り」をして、あの青春時代の「バカ騒ぎ」に参加し、あわよくばフリーセックスの相手までをも「リニューアルしたい」がためなのだ、といったらいいすぎでしょうか。

それは、けっして言い過ぎた事ではなく、まちがったエネルギーの方向である、と言えます。

年を経たからと言って失う、時代についていけない芸術感覚があるとすれば、それは、最初から「感覚」ではなかったのであり、それを平然と言いのける者は、単なる「情報の伝達屋」であり、若者をターゲットに「パクり唄」を売る、営利を目的とした人間の典型である、という事です。

一体、どこに、その人の「嗜好」があるのか、自身でもわからなくなっているのです。

そんな者に振り回されていては、本当の創造は生まれない、という事です。

それぞれの世代にも充分に、同等の「創造」は存在するのです。

その証拠に、今だ、世の中の「創造」をなし得た起業家に、高齢?の者も多く見られるわけです。

「芸術」に関する限り、圧倒的な数の消費者として、高感度SW(短波)アンテナを取り付けられた「若者たち」は、常に「新知識知ったかぶり競争最前線」にいます。

「古い時代の情報」をあたかも1ヶ月でマスターしたような顔をして「お勉強」を終え、新しい仲間たちが見つけてきた20年前の「できごと」をひっぱり出して来て、そこへ新時代のスパイスを加え「再現」するわけです。(マヨネーズをかけて「ざる蕎麦」を食うようなものです。「あれ?オイシイ」と言う発見です)

こんなもの、な〜んも新しいことなんかないですよ。ちゃんとその時代の流行と感覚の違いを区別できていれば「ふっる〜」と何時の時代も大半の「若者」のやる事は同じパターンですよ。

(「突出した感覚の若者に出会う」というのは、そう簡単に起こり得ません。なぜなら、彼等は、家から出ないですから。自分の内面にしか関心がないわけです。情報収集にと、いちいち外へ歩き回ったりしませんから。自分の感覚だけで何かをやっているからです)


時代は、何時だって、「変人」たちの作り出した、「変なもの」が添えられ、「変化」(「進化」かどうかは、わかりませんよ)して行くわけです。

皆、死ぬまで「変人」を全うしてこの世から静かに「消えて」行ったわけです。

一人、一寄贈物」をこの世に残して。

若者たちが流行させた「形態」が生まれて、それに従うスタイルがブームとなったらそれはもう職人の競争社会と同じです。(やる事は決まっています。「創造」ではありません。「工夫」です。)

やがて、その生涯唯一獲得した「流行感覚」と共に年老いて行くのが世の常。

しかし、それでさえ、そのうち高齢化社会になれば、感覚の鋭い老人として、少数の、さらに「高学歴創造力ゼロ」の「感覚が鋭い」とされる若者層が今度はもてはやす事でしょう。


だから、もしあなたの近所に、「まったく、家の子は、ほれ、感覚が他人様より、すぐれているでしょ?今は、沖縄はもう古い、今度のものは、何やら、フランスで今、一番流行っているだとか、これからは、ロシアのポルカが流行するとか、中国の胡弓という楽器は使えるだとか、もう、つきあう方も大変ざますのよ〜、お〜ほほほほ(「お〜ほほほほ」も余計です)

と話していたら、別に大した事じゃあありません。どの地域にも見られる子です

しかし、

「あの〜、誰にも、言っちゃ〜だめですよ、家の息子の事なのですがね、何か、あやしいんですよ、え〜え〜、見かけはね、そんな風には見えないでしょうけどね、あの子、変なものを作っているんですよ、この間、何気なく覗いたら、それはもう、とても口では表現できません、何か、変なんですよ、それが。

あっ、けっしてね、他人様に迷惑のかかるものではないですから、御心配ないよう、それは、うちの子ですからちゃんとしてますよ、え〜え〜。

でもねえ、何だか、我が子は、あんなものが好きなのか、と考えますとね、何だか、御飯も上げたくなくなっちゃいましたよ。お友達にも秘密にしているんですよ。ほんとに、子供ってむつかしいものですねえ〜。」


と話すものがあれば、たぶんその子は本物の「感覚のスルドイ」子だと思いますよ。




             
2000年3月24日


(尚、ホームページ上に現在掲載している文は、過去の雑記帳から抜粋して加筆しております。日付けは、当時のまま掲載しております。2000年12月20日)