批評する人、される人


1:序区(全14区分)
2:芝居小屋の正義
3:批評された者
4:私の宇宙
5:どんな人種が批評するのか
6:沖縄ジャズ騒動 1995年
7:私と腱鞘炎、そして医者
8:偽物の批評とはどういうものなのか?
9:その人は、楽器を弾くのか?弾かないのか?それは、どれくらいの技術の所有者なのか?
10:その批評家の好きなものは何なのか?
11:私から質問をしてもよいでしょうか?
12:模索する人たち
13:真の批評とはどういうものか?
14:明日のために


1:序区(全14区分)




世の中には、自分の半径35キロメートルくらいの圏内の友人、知人、あるいは、「行きつけ」の店のカウンターの左右2人までの客を巻き込み、「あれはダメだ」「それはよい」などと、「批評」して見せその地域における新文化の誕生を阻止するための「草の根運動」を一人無料奉仕で繰り広げる前頭葉が欠損した人種が必ず各地区に棲息しています。

一体、おのれは何者なのか?何ができるか今この場で提示して見よ、と言う問いに名乗り出る勇気も持ち合わせていないにもかかわらず、その「批評芸」をこそこそと披露して見せるのです。

何の「芸」も披露できない者との「議論」はもとよりお断りです。何のメリットもありません。寿司屋が素人とネタをめぐって「何が新鮮か」と議論をするわけはありません。しかし、この素人が「あそこのネタは悪い」と言いふらしているとしたらこれは問題です。しかもこの素人は魚の名前すら知らないとしたら。

これが今回のテーマです。

見た目の悪い「虫食いキャベツ」を都会の主婦が嫌がったために農薬たっぷりの「きれいなキャベツ」しか食べられなくなりやがてガン誘発の可能性が高くなっていくという世の中になりました。(生野菜は5分以上茹でる)

それは、イボイボ白粉キュウリが消滅したことからも、いかに見た目重視の人種が世の中をダメにしてきたかという問題の責任も、対象があまりの無名大多数の「知識人」による功罪なため誰も「自分が犯人である」という自覚がありません。

母さん、あの「辛いダイコン」はどこへ消えたのでしょう、という詩も読まれなくなりました。(あるわけない)

(以上は、マンガ「美味しんぼ」69巻 「野菜が危うい!」を参照)

しかし、まあ、私も他人の悪口は大好きです。

なぜなら、悪口は、別に頭を使わなくてよいからです。あれこれ思い付くままに「あいつの歩き方がまず気に入らない」『あいつの「う」の発音が耳障りだ』「あいつの笑った時のほっぺたにケチャップがついていた顔が腹立だしい」「あいつのあの、、、」といくらでも言えます。

(私は、今は、「身体的欠点」を避けようと頭を使っているからあまり楽しくありません。)

しかし、これらは、単なる、「悪口」であって「批評」ではありません。

「オレは演奏している時のあいつの顔を評価していないんだ。実は」

と眉間にしわを寄せ、約17秒くらいかけて述べてもこれも「批評」にはなりません。


なぜなら、「批評」と呼べるようになるためには、初歩論理学で言う「三段論法」くらいは踏襲していなくてはならないからです。

わかり易く言えば、「理由」が必要だということです。誰もが「納得」する事実に結びつけてこれを「証明」して見せなくてはならないからです。

西洋人の子は、6才くらいでは、もう明確な理由づけの習慣が身についている、といいます。


「私、お父さん嫌い!」

「どうしてだい?」

「だって、お酒ばかり飲んでいるから」

と理由を述べるといいます。

(この場合、「お酒ばかり飲む父親=悪」と言うことが衆知の事実として承認されていなくてはならない)


一方、日本人の子は、

「私、おじさん嫌い」

「どうしてだい?」(このくそガキが)と聞けば、

「い〜だ!」と言って逃げて行ってしまう。

「やれやれまた嫌われてしまった」です。


2:芝居小屋の正義


古今東西、何かを創造しなくてはならない人種とこれに対して「あれやこれや」と挽きたての豆にこだわったコーヒー「しかも、ブラジル、ブランデー少々、砂糖は気持ち小さじ一杯半」を飲みつつイチャモンをつけ小銭を稼ぐ人種との間で揉め事は絶えません。

ジャズ界のベースの巨人、故チャーリーミンガスは、突然演奏を止め、おしゃべりに夢中になっていた前方やや右ななめ席の有名評論家へ向けて、「......でその女は、それからどうしたんだい?」とステージから尋ねたといいます。

私が演奏してきたナイトクラブ系の店は、「堅気じゃない」お方も多かったので、私は、何時かミンガスをマネて見せてやろうと思っていたのですが今日まで来てしまいました。

おかげで演奏中は黙って弾くだけの人種になってしまいました。しかし演奏中、いつかゴルゴ13に仕事を依頼しよう、と思って過していたものです。そんな事を「モワ〜」と考えながら演奏するのが何よりの「楽しみ」でした。


日頃から、「自分の前でたばこを吸ってはならない」と、まわりの人間にきつく戒めていた主人が「禁煙」であるはずの芝居小屋でたばこを吹かす「ならず者」には注意ができなかったという話しがあります。(以前、誰かが注意したがために、刺されて死んでしまったとさ、という話しを聞かされていたからです)

結局の所、「正義」は常に「弱者」に対して振りかざすものである、と昔の人は「ふむふむ」と言い伝えてきたといいます。

これを「芝居小屋の正義」と昔の人は呼んだといいます。

(マンガ、ジョージ秋山著「はぐれ雲」より)

昔、イラン、イラク戦争の取材をテレビで見た際、捕虜になっていた部隊長が救出されたシーンが写し出されました。

部隊長の両足は切断されていたにもかかわらず「こんなことくらいで負けるかあ〜」と叫んでいました。(この手の話しは、やめておきましょう。落合信彦氏の専門分野だからです。女性の読者もなおにいっそう減るからです。)

私は、「何食ったらああなるのか知らん?」と思ったものです。

とりあえず、私の正義は、私より弱者だけに向けよう、「それ以下でもそれ以上でもない」とその時から決めたのです。

なあに、つかまったら、「あれは実は、敵をあざむくための芝居だったのだ」とげっぷして涙をためて言ってみようとは思います。

もし、それでも許されなかったら、誰か一人を道連れに、いつも奥歯に仕込んである「青酸カリ」を噛みしめてしまえばよいと観念しています。


そんなわけで、私は、日頃から「批評して見せる」という人種に対して疑問が多々あるのです。

それを生業としている人種と言う者の中には「う〜む、まさに、そのことよ!わしが言って欲しかったのは!」と納得する批評をする者もおります。

だからあながち批評家は「悪者」ばかりではありません。私は、どちらかと言うと、物を作るより「批評する」方が「楽」な人種であるため、それで食えることが「うらやましく」もあります。しかし、たぶん、それは、すぐに飽きてしまうでしょう。


3:批評された者

私は、批評する側より、される側にいた方がなんとなく人生を後悔せずに生きていけるような気もしますが、「鋭い批評」に出会うと、いや、あちら側でもやっぱり人生は後悔しないかもしれない、と思ったりもします。

しかし、また、わけのわからない批評に出会い、こきおろされ、ウツ病になり、「ごはんですよ、降りて来なさい」と声をかけられても、布団にうずくまったままの初学者の者もいたりします。

「ごはんも咽を通らない」と言う事は、よほどの事を言われたのでしょう。

これは、私の出番です。

なぜなら、私は、この沖縄で「ファン」と呼べる者など一人もおらず、ただ「悪口」だけを言われ続けながらも、なおかつ、「毎日のごはん」が楽しみで、さらには、「おそらく私は天才の一人であろう、しかも限定付で」と自分の事を考えているからなのです。

私は、そうやって外に出るのが嫌になってしまった者のために「だれが、どんな事を言ったのか、ちょっと聞かせてくれないかな?できたら、そいつの職業と住所と電話番号とそれから親、兄弟の職業なんかもわかるとありがたいのだがなあ」「明日までに紙に書いて部屋の前に置いておいて、悪いようにしないから」とだけ伝えるでしょう。

それが、正当な理由なら私は、「そいつはたぶんよい友達だから大切にしなさい」とだけ伝え、「ここにごはんを置いておくからな」とだけ伝え立ち去るでしょう。

しかし、それが理不尽な理由なら、今度は私がその者を「批評」するでしょうが、そんな者に限って、大概、何もしていなかったりするから、悪口も言えないのです。

ただ、生きて、仕事をし、好きかってな事を「飲み屋」で言い、ろくでもない子孫を残し、似たような「常連客」とともに、過しているのです。ささやかな庶民の「楽しみ」なのでしょう。

「飲み屋」でしか発表できない「主張」です。
もしこれをテレビで発表すれば、もはや、引っ越しして電話番号も替えなくてはいけなくなることでしょう。世の中の人は自分と同じ程度の者が「えらそうな地位」に君臨する事は許せないのです。

100人の内、一人しか当てられない本物のワインを「どこにでもある安くてまずいワインだ」と99人が言っていれば、そのワインを作り上げるのに人生をかけた老夫婦などこの地球上に存在しなくてもよいということです。

他人の国に来て好き勝手な日本人論を主張して罰が当たった「外人」に同情する者などいないのです。

人前で何かを主張するには、それなりのリスクと覚悟を持っていないと大概は、コンクリート詰めになって海に沈められても文句は言えないのです。

イタリアのテレビに出てイタリア人の悪口を言って街を堂々と歩ける日本人などいないでしょう。

それが「飲み屋」での主張とテレビでの主張の違いです。

自分の会社の悪口を言って、その会社から解雇されたとして「日本社会批判」をしてもそれは、「自業自得」です。当然の結果でしょう。
何の闘う準備もせず、ただ単に感情にまかせて発言した末路です。国へ帰って当然でしょう。

こんなに簡単に「自己主張」できるなら人間苦労はいらないのです。

これを言ったら、友達を無くす、仕事を無くす、すべてを覚悟して「主張」はなされるのです。

フリーターをしつつ好き勝手なでっち上げ記事をたまに書いて音楽評論家をいくら気取っても楽器は「下手くそ」のままです。

それでもどうしても「プロ」になりたい、というのなら、後はフリージャズ系のミュージシャンのライブ後の「打ち上げ」にでもついて行って「お仲間入り」のタイミングを見計らうしかないでしょう。

フリー系は、「やる気のある方求む、技術は問わず、但し、年中無 」と何時でも新人を発掘しています。

自分を甘やかせば甘やかせるだけ、他者への要求も無限に広がるのでしょう。

4:私の宇宙


日本は島国です。沖縄はもっと島国です。

という事は何を意味するかと言えば、それだけ「世間知らず」が横行しているのです。
比較する他者がいない分、無限に「自己の可能性」は広がるのです。

うまく行けば「天才」となり、そうでなかったら単なる「世間知らずのバカ」となってしまいます。

この土地には何もかもが揃っております。小型化した形で「未来の日本」の試行錯誤がコンパクトに揃っているのです。

共に達した境地は同じです。それがどんなに小さくても、他へ通用しなくてもそれがその人の「世界観」なのです。

ベ−シストは、16分音符を弾ければ、超絶技巧です。

バイオリニストは64分音符を弾いて初めて超絶技巧なのです。

チューバは8分音符で充分でしょう。

これが同じテンポで表現されるそれぞれの「宇宙観」です。

ベ−シストは死ぬまで64音符の世界を体験できぬまま終るのです。

バイオリニストは16分音符を弾けたくらいでは一生満足しないのでしょう。

だから4分音符にこそ秘密があるのです。誰もが「簡単」と共通の結論に達しているからです。同じ「土俵」です。

楽器を購入し半年経ったとします。

ピアノを選んだ者なら半年も経てば、それなりの曲を貧しいハーモニーの「バイエル」で弾いていることでしょう。(3コードしかありません)

しかし、1年経っても貧しい和声感のままです。音大の声楽科を出た者はさらにいっそう、貧しいハーモニー感しか生涯持てないでしょう。

なぜなら、彼女らは、今だ20世紀にすら入らぬまま「卒業」するのです。あと30年くらい追加すればようやく「近代」に入る授業に出会うでしょう。20世紀の作曲家は上流社会の貴婦人の楽しみとしての「オペラ」には興味を示しませんでした。

まずは、ビートルズから慣らしていかなくては拒絶反応が著しいでしょう。

ギターなら、既に、何か自慢の歌のための伴奏を奏でていることでしょう。

しかし、バイオリンを選んでしまった者は、まだ一本の弦すらまともに音が出て来ないでしょう。

トランペットになれば、幼児の「おしゃぶり」を思い出しつつも今だマウスピースのみをチューチューとくわえ、「都会のネズミ」の音すら再現していないことでしょう。


しかし、ここに、それぞれの「宇宙」が現れるのです。

半年足らずでそれなりの「音楽」となったピアノ弾きが人々に「感動」を与える事はまだまだ先の事となります。

しかし、どんな単純な音であれトランペット、バイオリンで奏でられた単純なメロディは
人々の感動を誘うことでしょう。

美しい音を出せるようになるまでの「苦労」が感動をつくるのです。

しかし、いったん作られたその音で単純なメロディばかりを吹いて後は簡単にお金を稼ぐ者も現れます。

これが、それぞれの楽器の「宇宙観」です。

外の世界から見れば「小さな島」に生きた者、地球上から見れば「大きな国」に生きた者、それぞれが「精一杯」に同じエネルギーを発しその「生」を終えるのです。

自国がこんなにも「小さかった」のかも知らなかったのです。

その発する質量エネルギーは同じです。


5:どんな人種が批評するのか

私がこの小さな島国沖縄でジャズライブをすると、しばらくして席を立つ者がいます。

それは若いカップルであったり、若い娘連であったり、ロックスター志望の若者であったり、ジャズ好きと称する医者、予備校教師であったり、社会人フュージョンバンドメンバーであったり、ジャズ好きの年輩の者であったりとそれはそれは「色取り取り」です。

以来、二度と来る事はありません。

そんな者でも「友人、知人」のリストに加えなくてはいけない店のオーナー方も哀れではあります。いずれにせよ、商売は「友達100人」つくれなければ上手く行かないのでしょう。

私が悪いのか?と思っていると、最後まで聞き「アンコール」までして「感動した」と言う者もいます。

そんな時は、「早く止めて休みたい」という、パートで雇ったバンドマンに「今日の仕事はこれでよし」と言い、しょうがないから後は、一人で弾く事にしています。

私の演奏が嫌いな者は、一体、どんな音楽が好きなのか、スパイを雇って調査した事があります。

エレクトーン演奏で300人あまりの「生徒」(信者?)の前で世界各国のリズムで弾く「メロディの旅」というコンサートをした「巨匠の生徒」というバイエル専門のピアノ教師もいました。

何と楽なコンサートでしょう。おそらく300年くらい経っても演奏能力はそのまま維持できるでしょう。(でもこれは、通常、「レストランでの仕事」として、バンドマンがしている仕事ではないかと思います。)

人生60年の江戸時代でもないのに、60才にも満たない者が360才くらいの「仙人」のふりをして沖縄代表として君臨している「ジャズミュージシャン」を信奉する者もいました。

私が知っている一流ミュージシャンは、皆、その正反対で、普通、年齢よりもひと回りは下に見える「若々しい」者ばかりです。

創世記のジャズミュージシャンが生きていたとしてもまだ100才にはならないでしょう。

沖縄では大変めずらしい年の取り方です。演奏を聞くとまさしく老人のスタイルです。

私も20年ほど前に初めて耳にしてから、時折、耳にする度、はらはらして聞いています。

「弾いている」というよりも鍵盤に「触れている」という感じです。

後は、毎回、演歌のこぶしのように何時どこで演奏してもアドリブも歌い回しもまったく同じという350才くらいのサックスもいます。

即興性のないジャズは、何と呼べばよいのでしょう。とりあえず「演歌ジャズ」と呼んでおくことにしましょう。

共に、「儒教」を上手く利用した無意識の「老化願望」なのでしょう。「老人」ならどんな者でも大切にするであろう、という戦略なのでしょうか。

(私は、ある日、テレビのCMにこの老人風が出た際、その実年齢を父に伝えたことがあります。私の父は、自分よりも16歳も若い「老人」を見て、「こ、こいつは、もうすぐ死ぬのではないか!」とごはんを飛ばしながらびっくりして言いました。やはり私の父らしい発言であったのですが、私は「くそ、負けた」と思ってしまいました。おもしろい!。しかし、どちらが先であろうか)

「ハービーハンコック!」(ジャズピアニスト)という単語を発することさえ似合わないジャズボーカル兼コンパニオン組合の女性組合員もいました。

リーリトナーのコピーにしか興味を示さない自前のフュージョンバンドを結成している中年もいました。

ビーバップの「ツーファイブフレーズ」というチャーリーパーカーのフレーズをギターで弾いたら?という事にしか興味のない初学者の域を孫の代まで出ない「塾講師」もいました。

「ジャズをしていない」パットメセニーなら聞ける、と言う受験生もいました。


私はふと思うのです。「ひょっとして私は、これらの誰からも嫌われる筋合いはないのではないだろうか?」と。

なぜなら、プロのミュージシャン(バンドマンではない)なら誰でも思うのではないのでしょうか、私も大抵のスタイルを自分で弾けるのです。

試しに、指示して見ればよい。たぶん5時間分は一人で弾き続けるでしょう。フラメンコでも、クラシックでも、カントリーでもボサノバでも演歌でも、民謡でも、もちろんジャズでもよいです。一人でメロディ&アドリブ付で弾いて見せることでしょう。今となっては私の宴会芸でもありますが、かつての「本業」でもあります。

ただし、そっくりではないのです。そっくりにはレッドツェッペリン(ゼッペリン?)の「天国への階段」すら覚えていないのです。

私のスタイルには秘密があります。たぶん世界中で私だけではないか?とあやしんでいます。ちゃんと調査はしていないのです。いたりすると「ちっ!」と言うからでしょう。

一見してもわからないでしょう。CDを聞けばわかるようになっています。ただし、プロのジャズギタリストしか気づかないでしょう。「あれ変だな?」と思うことでしょう。今は内緒にしておきましょう。別にわかったとしても20年くらいかかることです。

私も、意外に速く弾く事ができます。

イングウェイ.マルマスティーンでも「ああ、テンポが120で8連符くらいだ。しかもAマイナーのキーだけでバロックスタイルを徹底か、ピッキングはあまりせず、左手のみで音が出るように細工されたギターの改造が必要」とデータが流れてきます。

一生、これだけでいいなら、やれない事もないと思っているのですが、私は飽きっぽい。これで一生つぶす気はありません。それほどの「技術」ではあります。

しかし、それしかできないというのでは人生はつまらない。私には。他の事をしてはならないのですから。テンポもたまには変えたいですし。

イングウェイ.マルマスティーン: 速弾きNO.1とされるロックギタリスト。私は「マングウェイ.イルムスティーン」と呼んでいる。
私はフランク.ギャンバレーと思っているが。アラン.ホ−ルワ−ズでもよい。本当はジョン.マクラフリンだろう、とも思う。

しかし、こんなことはどうでもよい。

人生は、「誰が一番足が速いか?」を気にして人は生きているわけではないでしょう。小学生ならそうかもしれないです)』

プロのミュージシャンと呼ばれる者は、他人のやっている事なら大抵の事なら誰でもこなせます。

私はバッハでもアコ−スティックギターで弾くことがあります。しかし、これも、「クラシックギター教室」の先生なら誰でも弾けます。ちがいは、私の方がちょっと「涙を誘う」演奏だというくらいでしょうか。

「クラシックギター教室」の看板を上げないのは、たぶんそんな生徒ばかりが集まると私は何を話してよいか、わからなくなってしまうからです。マンガの話しもできなくなります。また私は「暗記」が苦手なのです。

「やっぱりクラシックはいいざますねえ」と駆け寄られると私はエレキギターを隠してしまわなければいけません。


6:沖縄ジャズ騒動 1995年

私は地元新聞に「エフクターを使ってジャズを弾く邪道ギタリスト」と書かれた事があります。

生の音で太い弦を張ってビーバップが弾けるのだろうか?と地元の新聞のコンサート評に書かれた事があります。

記者は、地元のアマチュアーのジャズバンドをやっているという私より若い者でした。

この記者は、先の老人風ピアノ弾きを絶賛していました。プロのバンドマンの間で彼の演奏を絶賛する者は一人もいないのですが、一般の人にはそう聞こえないらしいのです。

私は、人間には、「がんばって活躍してはいけない人種がいるなあ」と思いました。

彼が、世の中に二人いたら大変な時代に引き戻されるなあ、と記事を読みながらつぶやきました。

私の友人がたまたま彼のバンドのジャズ演奏を聞いて「このまま短刀で胸を刺して死んでしまおうか」と思ったと評しました。さすが友人です。おもしろい!

やがて、彼ら一味により、アメリカバークリー音大、首席卒業の県出身ジャズギタリストという者が凱旋ライブをするというのを新聞は毎日のように宣伝しました。

なぜか、演奏する曲目も新聞紙上で発表され毎回決まっていました。どこでも同じ曲という事でした。

その記者の兄が院長を務めるという予備校をスポンサーに、一晩のライブで80万円も稼いだという事です。

私も興味をもって聞きに行きました。新聞紙上では、彼はジョンコルトレーン(テナーサックス)の影響を受け、とあったからです。

私は、まるでバーニーケッセル(往年のジャズギタリスト)が生き返った(まだ生きていたらごめんなさい)かのようなその古典的スタイルにびっくりしました。「えっ!まだ若いのに!」と思わずつぶやきました。

あまりの眠気に私は腿に針を刺し聞いていました。

彼は、また、忠実にパットマルティーノ(ジョージベンソンのライバルだったギタリスト)も再現しました。

私は、彼の観察よりもすぐに回りの彼を取り巻く人間観察にテーマを切り換えました。

「やっぱり世界はちがうねえ」「日本では一番らしいよ」「沖縄から彼が出て来るとはうれしいよ」と皆、口々に言いました。見た事もない年寄りたちです。予備校の父兄でしょう。

地元の新聞は「まさに神技!」と例の記者が書き立てました。

私は、この大学ジャズ研のギタリスト風のギタリストの周辺を調査をしました。

すると、このギタリストの弟がマネージャーであり、弟は、先の予備校の講師関係者であり、ジャズ好きの院長の結成するジャズバンドに彼も参加していて、院長の弟はそこのギタリストであり芸能担当の地元紙の記者であり、そこにもう一人、トランペットを吹いている者は週間新聞の記者である、という事を突き止めました。

そのマネージャーを担当した弟は、後にトランペットに転向しプロを目指した。
しかしその演奏はドを吹いたらレでもなかった、というほどのものであった、と私の伝書鳩たちが伝えて来ました。

また、この弟の発言をテレビで流したら、おそらく全世界を敵にまわすであろう、と思われるくらいの「批評家」ぶりだということです。

私の鳩たちは、あのレベルは、小学生の鼓笛隊も勤まらないが、演奏を人前で絶対に見せなければ、ジャズ大学の講師も勤まるであろう、と付け加えました。

私は、久々に目にするこの「巨大な陰謀」に血が騒ぎました。せっせと関連記事を切り抜きました。(院長は「昔グレていた」というのが売りですが、私はまだ「グレ」ています。)

やがて、この陰謀は、彼を絶賛する沖縄ジャズ界のレベルの低さ、同時に沖縄マスコミ界がいかに、米国に充分な調査機関をもたないかを知る事となりました。

先のギタリストは、現在は、米国にてサラリーマンをしている、との事。

あの騒ぎは一体何であったのだろう、と一度もまともに新聞に取り上げられた事のない私は、今でもふと思い出すのです。

バークリー音大出身のジャズミュージシャンは全国にもたくさんいます。今では日本ジャズ界で「バークリー学閥派」も巨大な勢力を振るっています。

仮にも日本人の「首席卒業」なのだから、彼には友達はいなかったのでしょうか?
活躍している卒業生で彼の東京での「大活躍」に協力しなかった同僚たちは、何を思って彼の東京進出を見ていたのでしょうか?なぞのまま騒動はひとまず第1部を終えています。


そんなわけで私は大抵の技術では驚きません。

足ででもギターを弾いて見せないかぎりびっくりしないでしょう。

ただBBキングやジェフベックにはびっくりすることがあります。「今さらマネしたらはずかしよなあ〜」と思い、昔からストラットキャスター(エレキギターの名)の「アーム」(ボヨヨヨヨ〜ンという音を出す)はギターからはずしています。

ロリーギャラガーがストラットキャスターのギターからアームを取り外していたからです。

ロリーギャラガー: イギリス、アイルランド出身のロック&ブルースギタリスト。中学生の頃、私はチェックのYシャツに黒のバスケットシューズを真似ていた。塗装の剥げかけた黒のストラットキャスターが欲しかった。18万円の代物を見つけた。夢に出てきたが、買えなかった。毎日、楽器店で眺めていた。)

私のような、プロバンドマンは全国にもたくさんいます。「**のように弾いて下さい」と言って弾けないプロのミュージシャンはそういないでしょう。

もしいたとしたら、それはプロとしては勤まらないでしょう。
しかし、弾いても恐ろしくリズムの悪い土着バンドマンはたくさんいます。

私のリズムには「なまり」があるのであまり他人とそっくりには「しゃべれ」ません。
リズムの悪い人は、過去の快感原則のどれにも一致しないから「なまり」とは違うものです。

2分の1秒くらい、すべての的から不定周期でずれているのです。「なまり」は一定の周期で的を得ているのです。

パットマルティーノ(8分音符しか弾かないジャズギタリスト)のように弾けと言われたら3分くらいは弾けるはずです。しかし練習しないから途中ですぐに指が動かなってしまいます。


16分音符命のマイクスターンではどうでしょう?

(最初4分音符、次に8分音符、仕上げが16分音符の順に弾いて行くジャズギタリスト。「にぎり寿司」が好きなのではないだろうか?)

やってみたのですが、これは1分ももてばよい方でした。指が疲れて動かないのです。

7:私と腱鞘炎、そして医者

私はまじめに練習すると「腱鞘炎」になるという「不治の病」を持っています。「日本の手の権威」という医者にまで見せたことがあります。東京での話しです。1991年の事です。

「なぜ、私より手を使っている者もいるのに平気な者がいるのでしょうか?」と聞いて見ました。

回答は『人にはそれぞれ手を動かしてよい「絶対量」というものがある』と言われました。

「それでは、手を強化したりしたら絶対量は自分で減らしてしまっているのでしょうか」と聞きました。

日本の手の権威は「そうだ」と答えました。

私は「ではなぜ?私はそういう風に生まれたのでしょう?」と聞きました。

権威は「それは個人差があるから」と答えました。うるさそうにに私の質問に答えました。

私は、帰郷し、しばらくして、また、「まじめにギターでも練習しようか熱」にかかってしまいました。

するとしばらくしてまた手が痛み出しました。「ちっ!」です。

今、思い出しましたが、私は、40分のギターソロ演奏を毎日5ステージ、10年くらい弾いて来ていました。そういう仕事の合間に「ライブ」をしていました。

アコ−スティックギターは、ピアノと違い、「握力楽器」です。
常に、手首に一定量の負担をかけ弦を「押さえ続けて」います。

「セーハ、叉は、バレー」といって弦を一本の指で抑えっぱなしにする演奏です。

ジャズ演奏の「ソロ」には開放弦の「キー」があまりありません。私は、これを避けました。簡単だったからでしょう。また「ジャズの暗さ」が開放弦では出ないからです。

私の方法での生ギターソロでは5ステージ目で手は限界に達っしてしまいます。

あんまり痛いので近所の「スポーツ科学治療専門の整形外科」と言うのに歩いて1分で行ってみました。

医者は私の症状を聞くと、「ふん」と鼻で笑いました。『今、「ふん」と言っただろう』とは言いませんでした。

「原因がわかっているのだから治療は簡単でしょう」と医者は言いました。

私は、「こんな近所に日本の手の権威を超える医者がいたとは!」と横柄な態度もそれで許してやろう、という気になっていました。50代くらいの医者でした。

医者は一言、私に言いました。「ギターを弾くのを止めればいいじゃない。」と言いました。

私は、そのあまりの「コロンブスの卵的発言」に目にウロコが引っ付きました。

「なーんだ、ギターを弾くのを止めればよかったのかあ」と私は、手塚治虫を介せず仏陀から直接のお言葉を頂いた気がしました。(これ以上の「ノリつっこみ」は止めよう)。

「なんじゃあ、おのれは、近頃、老眼になったからと言って医者やめるかあ〜」と、心の中で罵倒しました。

通常ならそうするのですが、私は、この自信に満ちた医者の「治療法」を体験したかったのです。

この手さえ直れば、私はまた、荒行の修行が再開できるのです。「世界最速」も後100歩のままです。

私は、ホステス上がり風の看護婦に案内され、様々な機械に手を突っ込むように指示されました。

そこは、まるで中学生の頃、修学旅行で行った(大分県だったのかよく覚えていない)「地獄めぐり」の旅のようでした。(修学旅行は絶対行くべきである。ひょっとしたら一生、二度と行けない土地かもしれない。)

その病院の治療法は「手のソープランド」とも呼べる機械から機械へのマッサージの「はしご」でした。

ホステス風の看護婦は、それぞれの機械のスウィッチを「ON」にして案内して行きました。

すべての「1995年機械の旅」が終ると、受付で「それでは、これをもって漢方薬局へ行って下さい」と言われ処方箋をもらいました。

私の腱鞘炎が漢方治療の領域だとは知りませんでした。

私は、病院を出ると、入口近くにあった「ごみ箱」へ処方箋を捨てました。これ以上、安易に病院を「儲け」させては、間接的に「ナイトクラブ通い」の資金援助をしている事になる。そうは、させない。一人だけ「幸せ」にはさせない。

そう言えば、患者の平均年齢は80才くらいだったでしょうか。

実は、この病院は、あるクラブのホステスからの情報であったのです。

『うちの「上客」にスポーツ科学専門の医者がいる』と名刺をもらったから、というのでした。私は、「紹介です」と言うのを忘れていました。

(私は、20代の頃、勤務先が「ナイトクラブ」でしたので「クラブ」のどこが楽しいのか一生わからないでしょう。)

とにかく最大の治療は私が楽器を弾くのを止める事だったのです。

こんな簡単な事になぜ気づかなかったのだろう。病気になった者は、皆、仕事を止めてしまえばよいのです。

私に、もし「医者」の免許を与える国があれば私でもあれくらいの治療は「あるある大事典」を欠かさず見て患者を扱う事ができそうです。

どうせ、医者の国家試験に「実技」などありません。すべて四択問題といいます。不器用な者でも暗記力があればこなせるようになっているとのことです。

また、昨今は、「生物」を選択しなかった者でも「医大」へ合格できるそうです。
大学へ入ってから高校での「生物」を学ぶ者もいるといいます。

ついでに言いますと、弁護士は、あの意味不明な日本語の法律文を「暗記」できる者だけといいます。どおりで弁護士で法律以外の話題で「するどい意見」を言う者をあまり見かけないのでしょう。中坊氏以外。

それにしても「治療」とはスウィッチを入れるだけの作業です。「看護婦」と見られる者の一人は、『この間までクラブに勤務していたはずだがいつから「看護婦」になったのだろう?」といぶかしがるかつての同僚もいた』という事を添えておきます。

私は、医者の指示にしたがい、楽器を弾く事を止めました。(本当は、客がいないからですが、物は「ついで」です)

医者という者は、例えわからなくても「私には治せません」とは死んでも口にしないようです。

(また、私生活で異常に「非常識」な者も多いと聞きます。
非常識になるなら意識的でなくてはいけません。
無意識の非常識は最悪です。自分が「悪人」であるという事実さえ知らないのです。
「悪人なら悪人らしくしろ」です。私の近くにもいます。私は一切、「あいさつ」も交わさないようにしています。あちらから見ると私は「非常識な人間」でしょうが私は自分が「非常識」であることをちゃんと知っててやっています。かかわらない方が一々腹を立てないで済みます。)


それでは、これからの初学者のために、一体、誰の「批評」は聞いた方がよく、誰からの「批評」は、無視してよいか、または、誰は「バカでいっぱい」のリストへと入れておいた方がよいかのチェックポイントをいくらか提示しておきます。

このチェックリストをもとに、自分の回りにいる「素人批評家」は、本物か偽物か、の診断を下し、以後、その人種の生涯の「観察者」となり、どういう「老後」を送る人種か、そしてどういう「子」を育て、どういう「孫」に恵まれ、人生を終えていくのか?を予想して、自分の子孫だけの「繁栄」に役立て下さい。



8:偽物の批評とはどういうものなのか?

その批評家を気取る人間はどんな職業に従事している人種か?

勤め人か?公務員か?自営業か?(しかし、親から譲り受けた自営業か?しかもさらにそれを「発展」させた者か?)自力で「起業」し自営している者か?

これは、その人は、「努力の人」なのか、はたまた、「運がよい人」なのか、単なる「親の七光り」なのか、を判断します。
この情報は、その人自身の人間を見る第一情報となります。

その人自身は、一体、どんな「能力」を持っている者なのか?とも言えます。
それは、誰にでも修得可能な能力なのか?という事を見ます。

大概、「技」をもった者は、自分以上のエネルギーをかけられ修得された「技」に対しては謙虚な評価をするものです。(それ以下には、手厳しいことは言うまでもありません。)

私は、公務員の展開する「経営論」は、聞く耳を持ちません。いらん公共事業ばかり執行し「倒産」を認めません。

これは、証券会社の社員による「儲け話し」と同じです。
「そんなに儲かるならおまえがやって勤め人をやめたらよい」と言う事です。

あるいは、高額の「能力開発セミナー」の講師陣にも言えます。

そんなに、能力開発してもおまえは「講師」しかやれないじゃないか、と言えます。

「速読で頭がよくなる」と言います。

おまえは「速読の講師でしかないじゃないか」と言います。

「頭がよくなる」とか「大金持ちになる」と言う論理の帰結の仕方がおかしいのです。

ただ、単に「本が速く読める」ならわかります。

元アメリカ大統領のジミ−カーター氏や、ケネディが「速読家」になったのは大統領になってから必要に迫られて身につけたのです。

つまり、速く読めなくても、大統領にはなれる、と言う事です。

言っている事が「矛盾」しております。

「経営者」以外、「儲け話し」はできない、はずです。そんな話しが本当なら誰でも自分で始めています。借金しても始めるはずです。その段階をもって、「他人にすすめる」方が正しい論理的帰結というものです。

「いやあ、儲かって、儲かって、一緒にやるか?」と誘うなら、「やる、やる!死んでもやる!」と答えます。

宗教への勧誘も同じです。幸福な者は、他人がまず興味をもって寄ってきます。

「なぜ、そんなに幸せなんだい?」です。「勧誘、布教」活動などありえません。

現状に自分たちが満足できないからでしょう。

「あなたが入信してくれれば、私の地位が上がり、私が権力を持つことができ、そのことで私が幸せになります」

これなら、わかります。どんどん「勧誘」して下さい。

9:その人は、楽器を弾くのか?弾かないのか?それは、どれくらいの技術の所有者なのか?

これは、大切な要素です。楽器を弾いて見ればわかります。
自分がどれだけリズム感がないのか?どれだけ反射神経もないのか?どれだけ不器用か?
どれだけ、忍耐強いか?

これらは楽器を弾くための4大身体能力です。

リズムが悪い者が100分の1秒を競う「リズムの世界」を判別できるわけはありません。

単に指が速いから、と楽器が上手いとは言えません。リズムがなければ「気合い」で誰でも速く弾けます。

「目隠しテスト」と言うものがあります。音楽を聞いて誰が演奏しているか当てるのです。

既存の発売されているものでは、自分が既に買い集めて聞いているものは、判別できるでしょう。

(これさえはずす者は、もう何と言っていいか、家には、鹿のはく製が置いてあるかもしれません。)

だから、これは「新作」に対して行なわれます。

これが、「知識」のみをひけらかす、評論家気取りが苦手とするものです。

彼等にかかれば、権威ある有名楽器弾きの「未発表テイク」は判別できず、ごみ箱へまっしぐらでしょう。

一流のプロミュージシャンなら自分がよく聞いているミュージシャンをはずすことはありえません。よほど、違った事をしていなければ、100分の1秒のその人特有のリズムの世界から判別できます。

なぜ、彼等の「耳」がおかしいと断言できるのか、と言えば、「 これを誉める者があれを誉めるわけはないだろう 」と言う事です。

これは、どんな分野にも言えます。「えっ!これもおいしい、と言うの?」と言う事です。

「魚は天然にかぎる」と普段言っている者が、養殖も絶賛してしまう事があります。

その前に、判別すらできません。それなのに、天然云々するわけです。

コンビニの味覚で充分満足できる者が、一流の料理人の味付けにとやかく言うわけです。

ここで言っているものは、その人の「純粋能力」と呼べるものです。

この料理には、何種類の材料が使われているか?

あるいは、ワインの鑑定能力でもよいわけです。

指揮者には、演奏されているオーケストラをその場で「譜面」にする、というコンテストがあります。

念のため、言っておきますと、これらの「能力」は「創造」に関わる「能力」とは、ほんの一部しか交わってはおりません。しかし、その一部は大切な「交わり」です。

でなければ、「鑑定」をするより、ものを創造して一獲千金を当てた方がよいはずです。

したがって、ここで言える事は、リズムの悪い者が、他者に対して「リズムがよい」「リズムが悪い」などとは言えない、という事です。

普通のコンピュータでは、大体、一拍を最大で96等分くらいにできます。(注:2小節を1小節単位と見る方式で、いくらでも「拡大」できますが、、、。)

この範囲で、「生きたリズム」を表現できない者は、64分割、32分割、24分割、と分割を「拡大」して行きます。

より数字が小さければ、それだけ「近似値」の範囲も広く「どんなにまちがっても」その分割された値に「一致」させられて演奏されます。

現在は、皆、「16分割」が最大として「愛用」されています。

どんな「音痴」でも12分割された「正しい?」音程に自動的に直されて出て来るというわけです。

リズムの悪い人は、おそらく「2分割」くらいで物事を判別していると思われます。

「下手くそ」か「上手い」と言った独特の区分方でその「耳」ができているのでしょう。

色の色別で言えば「赤」「青」「白」「黒」「黄色」くらいしかわからない者がいると思えばよいでしょう。

そんな者が、日頃から交流のある芸能人を入選させ活気ある美術界の「権威」ある「二科展」の審査員として君臨していては大変です。(まさか、そんなことはないでしょうけど、、、、。昔、展示会場の絵が、ある無名の画家によって傷つけられるという事件がありましたが。ふ〜ん。)

いずれにせよ、この手の純粋能力が無くては言えない「批評」を素人は一番言いたそうにしていることは確かです。

沖縄ナンバーワンとされるピアニスト(私には、その逆ではないかと思われる)の演奏を絶賛する「耳」の批評家気取りは今度は何を絶賛していくのでしょうか。

(私は常に「何が良いのか」を自分の能力と同時に提示しています。)

『注:そのナンバーワンは、以外に謙虚なのですが、、、。私にだけでしょう。私は、実年齢を公表して20歳ばかり若返った方がよいと思うのですが。ボケ防止として。(ローカルな闘いですが必要です。指摘しておかないと「文化人代表」として一地方の文化を「後退」させ孫の代まで君臨します)』


10:その批評家の好きなものは何なのか?

さて、このチェックは一番大切な事です。

ある日、私のライブに、授業を2回目で逃げ出した、元生徒と言う者がやって来ました。
この生徒は社会人バンドを結成しこのライブハウスで「顔役」として発言権をもっているという者でした。(ここはアマチャーの本拠地です。私は近藤勇です。)

ライブが終って、私のオリジナル曲の中で好きな曲を2曲上げました。

その2曲は、私が一般の人にも聞きやすいようにわかりやすく作った4ビートではない「8ビート」の曲でした。

私は、さすがに2回で逃げ出した生徒である。あれから何の進歩もしていない事がわかりました。予想通りの反応です。

「全部8ビートじゃないか?要するに4ビートが聞けないんだろ?君の好みに合わせていたら、ロックバンドになってしまうよ」と言って無視しました。

以来、二度と現れません。自分にわかるものしか評価できない耳で、一生、他を批評していくことでしょう。

世の中には、勉強して初めて「理解」できる本もたくさんあります。

孫の代まで、理解できないものを拒否して生き続けるのでしょう。少なくとも、こうした者が何の「権限」も得ずに静かに暮らしてくれる事を希望します。

すべての文化がこの代で「抹殺」されてしまうからです。

この手の者に好かれる事をいくら重ねても自分で自分の「首」を絞めるだけです。

ラーメン屋に入って「カツ丼」しか注文しない客にほめられても店主はうれしくも何ともありません。

ある時、ナイトクラブ系で、ピアノカルテットに飛び入りして遊んでいると、(「しらふ」ではやりません。実は、私は、ナイトクラブ系はフリーパスなのです。金も払わないで逃げる事もあります。ハウスバンドがいればです。念のため。訴えられたらそれまでの関係ですが。もう5年くらい行っていませんが。)客で来ていたジャズにくわしいと言う他の店の本土系クラブオーナーが帰り際、「もっとギターで伴奏もしなくてはダメだよ」と言いました。

私は、ピアニストからはわりに「好まれる」タイプのギター弾きです。ピアノカルテットのサイドマンが長いからです。

ピアノと張り合ってバッキングする事はありません。ピアノの音使いのパターンをすぐに把握し、時には、伴奏しません。(その反動で「ギタートリオ」でしか演奏しなくなったわけです)

このような事は、プロのジャズギタリストなら「常識」です。

その客は、またしても「知ったかぶり」の知識から他人を「批評」し一生の記憶とするのです。

一生、本物は見つけられないでしょう。その社長の列挙する知り合いという日本のジャズミュージシャンも私には「大して上手い」とは思えませんでした。中には、でっち上げで海外ミュージシャンと共演し「知名度」を上げた「やり手」ドラマーやベ−シストもいました。

私は、その社長に「ピアノがいるから」とだけ答えました。

私は、この社長から嫌われても仕事の心配をしなくてもよいからそれだけで充分です。
なぜなら、私は単に「独り身」だからです。「起きて半畳、寝て一畳」だからです。

多くのバンドマンはこうしたジャズクラブオーナーの「知ったかぶり」にひどい目に合ってきました。学生時代少しジャズをかじった、というレベルです。

それが地方へ「下る」と鼻ッからバカにして地方のバンドマンを相手にするわけです。

バカにしてよいバンドマンも多くいますが、彼等は「えっまさか」という者にまで的はずれな評をするわけです。皆、昔レコード会社にいた、という者です。「けっ!」

ビルエバンス(ピアノ)とジムホール(ギター)がやったデュオのアルバムがあります。
あれは、ちゃんと綿密に分担して伴奏を譲りあっています。

私はピアノのヴォイシングを理解していますが、ピアニストがギターのヴォイシングを理解している者はなかなかいませんから私が譲歩します。そのピアニストにない音を加えたりはします。プロのジャズギタリストは皆同様でしょう。

私はテレビでジョン.マクラフリン(ギター)とハービーハンコック(ピアノ)のデュオを見た事があります。

ジョンマクラフリンでさえほとんど何もバッキングしていませんでした。即興演奏ではなおさら音の大きいピアニストと張り合う事はないでしょう。

ロックやポピュラーのジャンルでは、お互いのバッキングがパターン化していますから後は力まかせに弾けばよいわけです。

たぶん、それを見て、ジャズも同様だ、と思ってきたのでしょう。

また、あるビッグバンドでカウントベイシーの曲をやりました。

私は、ひざの上にギターを寝かすように抱え、一拍一拍を少し遅れ気味に刻みました。

すると隣で「カシオペア」(日本のかつての人気時計リズムフュージョンバンド)が好きだというベテランベ−シストが、「ちゃんと弾け、合わないだろうが」と言いました。

私は、「けっ」とつぶやき望み通りにして上げました。25歳の頃です。

以来、彼等のアドバイスには一切耳をかさないようにしたら、急に上達して行きました。

演奏する方ですらこのレベルです。

もし、私のライブ演奏が嫌い、という者があれば(全県民に告ぐ!)では誰が好きなのでしょうか?

それは、私のような者では、とても弾けない技術を持ったギタリストなのでしょうか?

テンポ120、瞬間最大風速「8連符」『ワ、タ、シ、ハ、コ、レ、ダ、ケ、(全8音)』キーは主にAマイナーなのでしょうか?

それくらいなら、30秒だけなら弾いて見せましょう。30秒ではだめというなら、「私は、30秒以上弾ける人しか好きになれない」と言ってくれればわかりやすい。

私は「30秒以上は必要ないかもしれない」と思っているからです。

私が、ビーバップと呼ばれる古いジャズスタイルで活用され尽くした「ツーファイブフレーズ」を弾かないからでしょうか?

私は、毎日、同じ所で同じフレーズを弾く生活に耐えられません。ロボット演奏のようです。それを作り上げた時代の人々には、人間の総力を結集してつくりあげる「創造」だったわけです。私にとっては忠実な「模倣、繰り返し」です。

なら、パットマルティーノ(前述の8分音符ギタリスト)風のフレーズの事なのでしょうか?

それなら、一曲は、コピーしたことがありますから弾けます。
ただし、私は暗記力がないから「譜面」を見てよいでしょうか?

それではダメと言うなら、「パットマルティーノの曲を譜面を見ずに完全コピーして再現できる人しか認めない」とちゃんと言う必要があります。

それなら、「私は、暗記する時間がもったいないからお断りします」と言えます。
私はジャイアント馬場ではありません。「ぼくにも弾けたあ」と言って喜ぶ人種ではありません。

私は、大抵、どんなポピュラーソングも初めて見た譜面で、ジョーパス風のソロギタースタイルで弾く事ができます。それで、ジョーパスもやっていない「ちょうちょう」でも
「鳩ぽっぽ」でも、ドリカム(人気日本のヒットグループ。なかなか世界に出ないと業界ではあきらめている。)でも弾いて、別に苦情もなく、皆さんにおいしく「ステーキ」を食べて頂ける「芸」を持っています。

「では、ジョーパスが弾いている曲をそっくりそのまま弾いて見て」と問われれば、私は黙ってそのCDのタイトルを書いたメモを渡します。

そんなに好きなら家で好きなだけ聞けばよい。そのうちロボットに内蔵されたテープで再現して見せる時代がやってきます。それまで辛抱して下さい。

私は、暗記が苦手なのです。気がついたら「覚えていた」というものしか頭の中に納めておりません。私の「脳」は、知識を収容する「容量」が旧式なのです。何度も「整理」しないと新しい事が入りません。だから古いものと新しいものをどろどろに溶かしてその一部だけの「細胞」を採取し後は「消去」してしまわなければならないのです。

忠実な再現は、「教則ビデオ制作」で飯を食うスタジオ系のミュージシャンの「縄張り」です。

その他の使い道は、大学のジャズ研で先輩が新入生を驚かせるための「定番芸」です。

「おまえら、1ヶ月前にすすめたCDの4曲目の曲を覚えているか?、ふふふ、今からオレがそれを再現するから、しかと聞き届けよ!」という芸です。

「先輩!す、すみません。レポート提出で忙しくて、まだ聞いていないのです、、、」「あっ、オレもです。「わたしも」「おいらも」

「え〜い、今年の新入生は、どいつもこいつも!オレはこれを弾くのに4年もかかったと言うのに。とにかく、びっくりしろ!いいな!」

というシーンが毎年、「儀式」として大学の「ジャズ研」では行なわれているといいます。(私は、こんなおもしろい場面に出くわした事がないのですが、、)

「文芸部」に入った際のいきなり宮沢賢治の詩を全部暗唱して見せる「変人先輩」の芸とも似ています。

『変人先輩!もう許して下さい。変人先輩は、酒癖が悪い人です。認めて下さい、変人先輩は「無頼派」ではないと思います。ちゃんとこうして「仕送り」を受けて大学まで通っているのですから』


11:私から質問をしてもよいでしょうか?

私が好きなギタリストを何人くらい上げられますか?
もし、そのギタリストを10人くらい知っているとして、あなたは、その中の誰のCDを何枚くらい持っていて、誰が一番好きですか?

私のスタイルには、それらの「要素」がたぶんサブリミナル効果のようにちりばめられているはずです。

私は自分のライブ演奏でウェスモンゴメリー風(しょうがないので少しやっている)
ジョーパス風に弾く事はありません。(古い曲をやる時、わざとやる)

それは私がそうならないようにしているからです。

どこにも見当たらない自分流で弾こうと努めています。それでも80パーセントは過去の快感原則にしたがっています。私にできるのはのこり20パーセントの新しさを加える程度です。

ひょっとしてあなたは、私の好きなギタリストを知らないのではないでしょうか?

あるいは、聞いても好きでない部類ではないのではないでしょうか?

あなたは、人参がきらいなのに、人参料理にケチをつけている子供と同じではないのでしょうか?

私は、人参が好きだから何でも入れているのですが、ひょっとしてあなたはピーマンも好きではないのではないでしょうか?

(実は、そんなに私は特別、「人参が好き」という人種ではない。念のため。わざわざ送って来なくてもよいです。)

私の実家で最近こんなことがありました。

私は録音スタジオの友人夫妻から北海道旅行のお土産にと「生ラーメン」をもらいました。

これを、実家の二人暮しの「老夫婦」と一緒に味わって冥土への土産話しとしてあげようと持って行きました。特に、爺の方は麺好きでだったからです。老婆は好きかどうかもあやしかった。

私は、その日はめずらしく明日のライブのための曲を作らなくてはいけないと「明日、皆で食べよう」と言って帰りました。

翌日、ライブ前に実家へ少し寄ると、父が何やら一人で台所でごそごそしていました。日頃から台所などに入らない世代でしたから私は驚きました。

覗くと、ラーメンの麺を湯がいていました。

「あっ!作り方知っているのか!」と私は叫びました。

すると、父は「うるさい!」と言ってきました。(私の家は昔からこうして会話する)

私は、「インスタントじゃないんだからな!このままそのお湯にスープを入れるんじゃないだろうな!」と注意しましたが、また「うるさい!知っとるわい!」と言ってきたので私は頭に来ました。しかし時間がないので車に飛び乗り出かけました。

私は車中でも腹が立っていました。「何の具もないまま食べるなんて、あいつめ、イン
スタントラーメン扱いしやがって!」と思いつつ私はいらいらと車を走らせました。

翌日、実家にいくと、ケーブルテレビで「ゴルフチャンネル」を見ている父に
「ラーメンはどうだったのだ、よくも具も入れずに軽くみたな!」とののししりました。

「父ちゃんはインスタントがいい」と父は言いました。

私は首を絞めてやろうか、と思いました。

何でも、麺をゆがいていたら二人分である事に気づいたのでどうしようと思っていた
ら、母が帰って来たので二人で食べた、という。

母親は「おいしかった」と言ったが(「うそつけ!歯もない奴が」と私は疑っていた)。

父は「少しスープが薄かった」と言いました。

私はカチンと来て、「おい、こら、ス、スープが薄いとはどういう事か!貴様、水
をどれくらい入れた!」と父に尋ねました。

「残っていたか!あなたが、スープをお椀に入れた時、スープはまだ鍋に残っていましたか!」と問いつめました。

「丁度、お椀一杯だった」と22年前に「友寄土木」を「倒産」させた尋常小学校しか出ていない父は答えました。「父ちゃんはインスタントがいい」とまた言いました。

私は思い出しました。「あっ!貴様は、塩党ではないか!醤油はもともとだめではない
か!インスタントラーメンで醤油を食べた事があるか?」と問うと、父は、「ある」と答えました。

「ではそのラーメンはおいしいと思ったかね?」と私は詰問しました。

「おいしくなかったあ〜」と父はのうのうと述べました。

「おのれ、インスタントでも醤油がもともとダメな奴が!」と私は再び、父をののしりました。

父は、「スープを作ろうとしたら醤油だったのだ、知らなかったのだ!」と叫びました。45年前、伊江島で映画「24の瞳」のように小学校の教員をしていた母親が「もう、やめておくれ〜!」と止めに入りました。


「とにかく、ちゃんと具も入れててラーメンは食べないとダメだ!」と私が言うと「今
日はカチャーシーの教室からの帰り弁当を買って来たから」と母が言いました。

「何!じゃあ今日はオレはラーメンは食べれないのか!おのれらあ〜。もやしとゆで卵だけでよいから」と言うと「今日は何もない!」と母が言いました。私の身体は、母の懇願は笑ってで踏みにじれるのですが、なぜか「命令」には逆らえないようにできていました。

「家は、もやしも卵もない家だったのか」と私はがく然としました。来るんじゃなかった。

そういえば私の稼ぎは、すべて保険と年金と本の支払いに消えている事に気がつきました。父の入院で降りて来た保険金も「オレが支払っているのだから」と6千円分の宝くじでごまかしていました。

私はその事に話題が行かないように黙って弁当を食べました。


12:模索する人たち


マンガ、「包丁人味平」にこんなくだりがあります。

カレーライスが評判の良い店に、3人の男たちが入って来ます。

「なんだ!ここのカレーがうまいと聞いて来てやったのになんだこの味は!」と3人はイチャモンをつけます。

修行中の味平は、3人に出したカレーを食べて見ます。いつもと同じ味です。
まわりの客はおいしそうに食べています。

3人は「金をかえせ」と言います。困った味平の所へ料理長が厨房から出て来ます。

料理長は3人のカレーを下げるよう味平に言います。料理長は、そのカレーを持って厨房に入ります。

1分も立たない内に料理長は「このカレーを3人へ」と持って来ます。

3人はそのカレーを食べて見ます。

すると、「これは、うめえ!」と3人は叫びます。

味平は、料理長に訳を問い正します。

料理長は、「まわりの客を見てみろ、皆、スーツにネクタイのサラリーマンだ。しかし、あの3人の服装は、肉体労働者のものだ。つまり、あいつらは、まわりの客より「汗」を何倍もかいている者たちだ。だから、少しばかり「塩」を足したのよ」と説明します。

これが、「カレー戦争」です。舞台はやがて「ラーメン戦争」に入ります。

味平は、誰が食べてもうまいラーメンを目指します。

そこで、誰もがうまい、と言う屋台ラーメンを見つけます。そこの主人は自分と同じような若者です。

味平は、その秘密がとうとうわかりません。味平は教えを請います。

店主は、味平にその秘密を教えます。彼は、ラーメンを注文した客と会話を少しします。
彼は、その客の話す抑揚からその客の「出身地」を当てていたのです。

そうして彼は、「関東風」「関西風」「九州風」「沖縄風」と言った味の「濃さ」を決定していたのです。

究極の屋台ラーメンならではの「芸」でした。


「イソップ物語」にも「ろばと親子」の話しがあります。

自分のロバを売ってお金を得ようと決めた貧しい男が子供を連れ、二人でとなり街まで買い手を求めて歩いて行きます。

しかし、街の人は、「何てバカな親子だ。ロバがいるのに歩いてくるなんて」と笑い、相手にしません。

親子は、二人、今度はロバに乗って次の街へ行きます。そこの街へ入ったとたん、人々は「何てひどい親子だ。二人もロバに乗るなんて!」と相手にしません。

二人は反省し一人を乗せて次の街へ行きます。すると次の街では「何てひどい子だ、年長の親を歩かせ自分はロバに乗るなんて!」と相手にされません。

次の街では「ひどい親だ、自分だけロバに乗って!」と言われてしまいます。

困った二人は、今度は、二人でロバの足を棒にくくりかつぐことにします。

ある橋の上で、あまりの重さに二人は思わず手を放してしまい、ロバを川へ落として溺れさせてしまいます。

二人は、しょんぼりと、歩いて、帰路につきます。

イソップは最後に

" You can't please everyone."

「すべての人々を喜ばせることは誰にもできません。」

と述べて話しを終えます。


13:真の批評とはどういうものか?


まず、自分が好きなミュージシャンを聞けない者からの批評は一切無視してよい。
「うるさい」と言って殴りかかってもよい。相手は単なるバカです。口ではわからない。

でなければ、トイレに行くふりをして帰ればよい。私は何度もそうされました。おかげで、一切、交流しないという「御褒美」を彼等に与えています。双方が「幸せ」な方法です。

自分が好きなミュージシャンにしても一応の「権威」です。生涯をかけてもそこまで到達できない境地かもしれない。その方向性(ベクトル)を持った発展途上の者に対して、そのゴールとなる「完成品」が聞けないというのです。

それなのに、とやかくこちらの作品に「批評」してこようとするのです。

醤油ラーメンが苦手な者がいちいち醤油ラーメンの味にとやかく言うのです。

私は、味噌ラーメンを判別する能力がありません。

なぜなら、過去に蓄積されたデータがごくわずかでしかなく、これに対して何の批評もできないのです。せいぜい言えるのは、「麺のこし」くらいですが、麺だけを食べて見ると言う習慣もないので、スープと絶妙に混ざりあった姿でしか判断できません。

私の客の90パーセントは、ストラヴィンスキーも武満徹もスティーブライヒとも無縁に育った「市民」たちです。聞いたとしても「発狂」することでしょう。

本もろくに読んだことがありません。赤川次郎くらいです。
映画もタルコフスキーなんか見たら完全に爆睡状態に入る者ばかりです。
私のように一本の木を眺め、3時間も過す事ができません。

もっとすごいのは、ジャズのCDを一枚も持っていないのに、聞きに来て文句を垂れるバカタレも多くいます。皆、一度限りで二度と出会う事はありません。

私は日本ジャズ界を代表して一人嫌われています。

店には、古いジャズのレコードが鳴り響いていますが、いかにジャズが「雰囲気づくり」に満点効果を出すかというアイテムになり下がったかがわかります。

トラの毛皮は好きだが、本物は嫌いだ、という感じでしょうか。

大体、キロロしか聞けない者が、聞いても面白いわけはありません。しかし大切なポイントは、私ならキロロのような曲を作れます。しかしキロロは私のような曲は作れない、という事です。ただ私には、「言うことを聞かなくて、お母さんごめんなさい」という歌詞が恥ずかしくて書けません。

また、あれだけ、人の心に染み込む「美声」も持っていません。私の歌はカラヤン級です。

仮にも私は、ホテル、クラブと15年も「愛のソロギター」を毎日、40分の5ステージ弾いてきた人間です。おまけに、民謡からジャズディナーショーまでのバンドマン生活を送って来ました。これら「市民」が「うるさい、つまらない」と叫ばない音楽ができないわけはありません。

幸い、プロのミュージシャンで私に因縁をつける者はいません。横柄な若手はいます。
私が若く見えるからでしょう。でなきゃ単なる今をチヤホヤされてるバカです。

私の客は、皆、私の好きなものが聞けないのです。

私が好きな本も読めない。私は彼等が好きな本は読めます。

「批評」と言うものは、まず、批評する側の「嗜好」を提示するべきです。

けっして大衆、時代の勢いをかり、多数派として君臨している「ものさし」を利用し
その選考基準の提示もなさぬまま「点数性」「偏差値性」「IQ性」に上手く「すり変えて」はならないのです。

なぜなら、私は、偏差値10 (興味がないから)IQ 60 (じっくり何年も考えるから)といった程度でしかないのに、それらの基準からは、私は、社会生活が送れない程の支障をきたしている者という事になります。

批評と言うものは、常にその批評する相手の大前提を適格に捕らえる事なくしては、行なってはならないものであるといえます。それが見えなくては、批評するレベルに達していないのです。

その大前提を認めているのなら、その作法に乗っ取り「批評」は行なわれるべきなのです。

もし、その大前提を認めないのであれば、それには、わざわざ具体的な「例証」は必要のない行為であり、己自身で立ち向かうべき孤高の行為の対象となるべきものであるはずです。

それを混同しては「視点の鬼ごっこ」とよべる卑怯な批評行為です。(双児のおかまの評論家参照)

大前提として、「激辛な料理には中毒性があるからリピーターの客を作り易い」とする。

そこへ小前提として「だから、私は激辛のラーメンを目指す」と提示する。

批評とは、その主張、結論なのです。

「あなたのラーメンは、ぜんぜん激辛ではない」あるいは、「あなたのラーメンは望み通り激辛である」とそこに「批評家」としての「無名性」が問われるのです。

その、誰が言ってもよい、適格な「批評」が度重なり、「あの批評家は誰なのか?」と
「有名性」を帯びてくるのです。

もし、あなたが、みんなが「激辛ラーメンには中毒性があるからリピーターの客を作り易い」と言う大前提を水戸黄門の印篭として言っているとします。

バカも杓子も目指しているとするこの大前提に文句があるとすれば、そこには、個別の具体事例である小前提(**という店も激辛だ)を攻撃する行為はおかしいということです。

たった一人で、この大前提に潜む、人間の「正体」をあばけばよいわけです。

それが、自分の身内の唯一のアイデンティテイーの証明としての「自己実現、社会参加、引きこもりからの希望、鬱病脱出」の手段であったとしてもこれを叩き壊せるのか、と自問し挑んで行けばよいのです。

「お父さん、今まで苦労かけてごめん、オレ、激辛ラーメンにこれから人生をかけるよ!」と言う子に対して、「あんなものはいかん!」と言えるか、という事です。

「引きこもり」の子が、ようやく出て来て「お母さん、オレ、スターになるよ!」と言ったとしても「あんなものダメ〜!」と言えるかという事です。

『あんな者を目指すくらいなら「引きこもっていよ!」』と言える覚悟があるか、という事です。

なぜ、批評が「無名性」にこだわるかと言えば、批評は、主客としての「作品」なしには起こり得ない第2次文化だからです。

文豪、ドストエフスキーは残った。しかし彼を「批評」した評論家は残らなかった。
それが、くやしいから、なお一層批判したのです。

(たまに、少し難解な「言語」で語らないと、このサイトも一度読んだだけで、すべて「理解」したという者が現れるからです。そんなわけはありません。たぶん10パーセントも理解していません。なぜなら、もし、一度読んで「理解」したとしたら「私」がもう一人生まれる、という事です。それなら、私はもっと楽な環境を作れるはずです。私と同じように「闘える」という事なはずです。そんな事実はありません。誰も闘ってはいません。お金を稼ぐのに手一杯なはずです。彼等の子孫にも何の期待もしていません。ここは祖先崇拝の地だからです。)

「無名性」とは何か、と言えば、それには、こんなエピソードがあります。

作曲家の團伊玖麿(だん.いくま)氏が、散歩をしていた時、ある幼稚園の前を通り過ぎました。
するとそこでは「ぞうさん、ぞうさん」の歌が聞こえて来たといいます。

「子供が童謡を唄っているな」と氏は、思ったといいます。

そして、しばらくして、「はっ!」と大変な事に気づきます。『「ぞうさん」という曲は私が作曲したものだ!』と気づくのです。そんな話しです。

本当に「作品性が高いものは、誰が作ったか、一切気にならないものだ」と氏は悟ったといいます。

しかし、この第2次文化としての「批評」が、(標的になる「作品」がなければ彼等は「孤高な創作」ができません。一人では何もできないわけです。)第1次を踏み台とし、自己をアピールするのです。(すべての「批評」がそうだ、と言っていません。念のため)

これは、あまりにも卑しくないか。そういう者に限って、相手の収入源には厳しくそのくせ自己の生活の安定保証はきっちりしているのです。(公務員が、パトロンに支えられている芸術家を非難するようなものです。皆、生き残るために何千倍も批評家よりは苦労しています。だから私を誉めろ、と言っているにすぎない話しではあります。)

ヘビースモーカーの私が、タバコを吸わない料理人の味覚などわかりません。

そんな私に批評を求めるとしたら「タバコを吸わない私が作った料理の味つけは、タバコを吸う大衆へ通用するだろうか?」と聞いてくれれば「批評」が行えます。

「そういうことなのか?」と私は、まず確認するでしょう。

そして、『なら、この料理の繊細な味は私にはわからない。はっきり言って「まずい!」』と言う事ができます。

多数派としてのタバコを吸っている者が「うまい」と感じる料理でないと倒産する、というのならこの批評は、必要です。

小前提としての「最近、お客さんがうちの料理はホテル料理のように味がない、と言って来なくなった」という事実を認識するところから始まります。

しかし、この小前提にも「ちょっと待った!」と言う事ができます。

「その客の大半はたばこを吸っている」と言うマーケティングです。

すると、ここで、たばこを吸わない料理長と客の間に「味覚の差」が生まれます。

この問題への決断は、料理長の「料理哲学」の問題です。

「たばこを吸わない客のためだけに料理を出すか?」「たばこを吸う客の味覚を研究するか?」「あくまでも自分の味覚を信じて、店をつぶし、タクシードライバーへ転職するか?」の選択です。

(タクシードライバーの質の問題を論議するより、彼等の「成立過程」を知れば、「質」を求める方が無駄なのです。あの給料には「親切料」は入っていないのです。いずれにせよ、人間性はその人の「職業」で決めるものではないですが。脱線。)

この問題は、私が、文盲のバンドマンとつきあうために「脳味噌に穴を空けて」つきあっているように、まわりに合わせるべきだ、とアドバイスするでしょう。

また、この問題は、「なぜ、大しておいしくもない大衆食堂はつぶれないのか?」を考察するためのデータとしても役立つでしょう。

私は、「あなた方はこのままでよい」と言ってマッサージしているのではなく、「お前等みたいな人間がこれ以上増えたら、地球の文化は終る」と言っているにすぎません。

私は、私のような人間が最低3人は、世の中に存在してよい、と断言しています。(「トリオ」が組めます。ようやく私の理想のスタイルが実現します)

しかし、あなたのような人間は、絶対に世の中にこれ以上増えたら、もうすべての歴史も文化も「終る」と警告しているのです。生きる権利は保証します。

これは驕りでしょうか?そうは思いません。だから、私は、書いているのです。

これが私の「大前提」です。

私の「批評」は、

『メロディだけを演奏してフュージョンプレーヤーを名乗るんじゃない。これは詐欺行為だ。音楽の才能がなければ、りっぱな「畳職人」を目指せ!少しは努力が報われる。』

『他人の曲のメロディを寄せ集めてつないだからと言って「作曲」と言うな』

『クラシックの名曲のメロディだけを盗み、編曲したと言ってプロのふりをするな。県内CMを見よ。才能がない。小学生でもやがてコンピュータであれくらいできるようになる。盗んだメロディに既存のリズムである。それよりも、りっぱな「大工」になる努力をせよ。』

「本物のミュージシャンは毎日、カフェバーにはいない、家でテレビを見ている」

「バカも杓子も音楽教室を開いてまたさらなるバカを作るんじゃない」

「大したこともできないのに、知ったかぶりしてバカがえらそうに言うんじゃない」

「よく知りもしない事を耳学問で断定するんじゃない。ちゃんと図書館へ行って調べてこい!」

「知らないことは知らないと言え!」

『自分の実力を提示できない者がとやかく他人を批評するんじゃない。今、目の前でその「芸」を披露して見ろ!』

「自分の行動を棚に上げ、サッチーのようにりっぱな事ばかりを言って、人から尊敬を得ようと物を言うんじゃない。」

『文部省選定の映画にもなった「一杯のかけそば」の話し手は詐欺師出でした。「うちは貧乏だから、そんなものは欲しがってはいけない!」と言ってちゃんと子供に教育せよ!。

(私は、最近、生まれて初めて「カニ」を食べて涙しました。「ゆで卵」はいつでも涙します。「ひと粒の塩」を添えれば、大泣きしています。)』

こんなことを私は、毎日「批評」して時間を潰しているのです。


14:明日のために

もし、皆さんのまわりで、「オレはあいつを認めないがね」と言う者がいたら、こう言って下さい。

「おい、おい、お前は何者なんだ、世の中は、おまえに理解できることよりも理解できないことの方が99.999999999パーセントも残っているんだぜ、少なくとも、死んでしまう前には1パーセントくらいにしろよ。

それがおまえの代で無理だったら、孫の代までには1パーセントくらいになるよう「遺言」しとけよ。でなけりゃ、おまえら一族ごと世間の笑い者だぜ。そんなことより、おまえ自分の将来を考えろよ。仕事変えたいんだろ?

もう、この仕事も長くないっていつも愚痴ってるじゃないか、おまえ見たいな者でも食ってけるだけありがたいと思わなきゃ罰があたるぜ。もっと自分の事を一生懸命やれば、おまえにもようやく世の中ってもんが見えてくるはずさ。くれぐれもテレビになんか出て意見なんか言うんじゃね〜ぞ。たぶん、おまえくらいじゃ世間の反感を買うと思うぜ。

まあ、今日はこれくらいにして、帰ろうぜ。おまえ、あいつら皆、仲間もいないのに一人で生きてるんだぜ。オレたちがかなう相手じゃないだろう。バカはバカなりに生きようぜ。バカも悪いもんじゃないんだから。

「人生はすばらしい」っていうイタリア映画、この間、テレビでやってたの見たかい?おまえのようなタイプじゃたぶん見ないと思うんだがな、やっぱりあれくらいバカにならなきゃ人生は楽しくないぜ。あの親父、あっさりとナチスに路地裏で処刑されちまったぜ。あっさりとだぜ。すごいシーンだよなあ。

さあ、さあ、今日もまた、何の実りもない会話をしてしまったなあ。おまえといるといつも同じで、そろそろお前も他人の「笑い者」になってみたらどうだい。
「悪口」も言えねぇじゃないか、おまえには。な〜んも一人でして見せねぇからよ。

昔の話しばっかじゃねぇか、今世紀で一応、オレたち死ぬんだぜ。
死ぬ前にゃ、立派な畳を作って見て〜じゃねぇか、オレたちが死んだ後もオレたちの作った「畳」は残るんだぜ。オレはその事を考えると毎日が楽しいのよ。そうは思わねぇ〜か?おい。オレはそんなんでいいなあ。うん、そんなんでいいなあ。オレはよお。


         2001年1月22日 午前6時。