18:挫折する生徒たち その1


沖縄の地でジャズ.アドリブを教えようと教室を開け閉めして通算12年近くになるようである。(1985年からである。現在、第3期である)



何でこんな連中へ血と汗(あしぇ)と涙で得たものを切り売りして暮らさねばならないのか、と失望の連続のような出会いであった。


(本当は何も切り売りしていないのだが。忘れてしまったからだ)


何度も言っているのだが、この地でジャズを教えるのは「ジャマイカ」で「能」を教えるようなものだ。


昔から南の人間には「根気」がない、と聞かされた。気候のせいだ、と思っていたが南が好きで集まってくる人種もそうだった。本当はインドがいいのだが、という者ばかりが押し寄せこの地でプータローになる。



彼らは一体、ここで何を始めるのか?と見ていると、別に沖縄民謡に興味があるわけでもない。



彼らは、その土地の風土を学びにくるわけではなく音楽は自前の「持ち込み」である。




”ロックはなあ、電気なんだよ、アコ−スティック.ギターを使う奴なんかロックじゃないぜ、いかに観客の耳を劈(つんざ)くかって事がロックの命よ。”




これは、ある日、偶然耳にした、本土から寄留した若者バンドの会話である。



これほど下手なバンドはない、と言うほどのレベルである。



完璧なほどのバカ集団である。




昨今は、隣に大人がいようがいまいが、平気でこういう恥ずかしい会話を堂々と展開する。




一瞬、これは私に聴かせている主張なのだろうか、と思案したりする。



「君は、何てすばらしい意見を言うのだ!」と言ってほしいのだろうか?



普通の人間なら目眩がする主張である。



一応、寝たふりをしている。



まともには聴いていられない。



レゲエ、アフリカン、貧乏系(シカゴ、ミシシッピイ)ブルース(沖縄にはない。沖縄は都会派金持ち系のブルースである。BBキングなど。)と言ったものを持ち込んで勝手に南の音楽として定着させようと活動する。



つまり生態系を破壊する「持ち込み」であるが定着はあまり上手く行っていない。



こうした持ち込み音楽も、一部の本土寄留先駆者が中心となり、10年も前から存在するが、特殊である。


なぜなら、沖縄は南の土地として「沖縄民謡」を生んだからだ。



ハワイアンが流行したこともない。



一部の老人会では、フラダンスは貴重な演目として「保存」されているが老人会に入会しなくては体験できない。



あれは、ハワイの地で生まれたものであるからだ。


本土の人間にはどれも同じ、人工的導入であるから関係ない。


つまり、その気候で自然発生したものの取り替えはなかなかむつかしいようだ。



「米」がよい例だろう。自国の米しか「口に合わない」というではないか。


(マンガ「美味しいぼ」にも「米対決」はあった)

内気な幻想音楽もだめだ。



マリファナを常習して犯罪歴を重ねることもない者が、ただ、だらだらと「けだるい」世界をしらふで繰り返すのだ。



いかにも彼らとすごす「お正月」が楽しそうでない。「吉本新喜劇」も見ちゃいけないのだ。あ〜息苦しい。


幻想音楽をやる者はちゃんとジャンキーになってボロボロになって人生を終えてほしい。



根性もなくやたら憧れないでもらいたい。偽物くさいものばかりだ。



自殺で終えてもよい。そのすれすれの精神を、きっちりとした人生を送っている者が装おうから単なる「たいくつ」な人種になるのだ。


自由のない音楽が嫌である。



クラシック音楽だって作曲した時は「自由」であったのだ。



それを「息が詰まるもの」にした責任は教える側にある。


語学教育のようなものだ。



日本語でも読まない高尚なものをいきなり読もうとするからますます「高尚なもの」として崇(あが)めるしかない。

そんな状況の地で、いつのまにか私は音楽教育にかかわる人種となってしまっている。


生徒をプロにしようとは思わない。



なれるわけもない。仕事もない。だから「分相応な夢を持って下さい」とだけ言う。


どこからどう見てもヤマハ音楽教室に通った方がよい、と思われるのに、プロになりたいと言ってくるバカたれたちがいる。



プロになりたいならまず名刺を先につくって「私はプロです」と書いて、毎日、放送局へ行って知り合いをつくることで充分だ。広告会社に行ってもよい。


別に楽器なんか適当でよい。ギターのコードを5つばかりマスターして、後はカラオケに毎日通っていれば誰でも適当なものをつくれる。



その次は「シークエンサー」と言う機械なんかのマニュアルを読んで使い方を覚えて、ピッピッと適当にボタンを押して、何でも放り込めばよい。


今は小学生でも曲はつくれる。



私は聴けないが、全国の同級生は聴いてくれる。



そのまま大きくなればよい。


そんなわけで私はこの手の「歌を作ってスターになりたい」というものは「近所のヤマハ音楽教室に行きなさい」と言って断っている。


しかし、中には、そこも挫折してきて、「楽器が上手くなりたい」と言って来る者がいる。



楽器は誰でも簡単に上手くなれる、とテレビや雑誌で宣伝しているからだろう。



それでも疑い深くなり、「楽器なんてコード3つくらい覚えて力いっぱい弾けばいい」と言っている。


それでも「もうあまり体力もありません」と言うのがいる。


しかたないから、この段階の者をしぶしぶ入会させてみることにする。



そうして入会させた者でも、逃げ出す者、私の逆鱗(げきりん)に触れ退会させられた者が大体、今までに100人はいる。


(念のため言っておくと、普通に何年も在籍している生徒も当然いる。彼らはちゃんと普通に仕事をこなして暮らす常識人である。当たり前の人間たちである。まず、不平不満がそうない人種である。修行好きである。)



もし私の教室にいた、という者がいたら、その退会時のランク級は?と聞いてほしい。


10級の初心者から始まり、適当にペンタトニック一発のアドリブができる者で9級、メージャースケール一発で適当に弾ける者を8級としている。



沖縄では大体8級でプロの楽器弾きとして通用する。近年は9級程度で充分である。

7級ともなれば「天才」と呼ばれるのが現在の状況である。



(私は、沖縄の人間は楽器の上手い下手がわからないのだとずっと思っている。判別能力が全くないのである。ただ、島国であるから「権威、有名人」には弱いだけの日米両国に洗脳された植民地教育の結果だと思っている。)



その証拠は、まずい郷土料理とまずい演奏に平気でいられるからである。



そこからは何の進化も生まれない。



みんな文句も言わず「受け入れている」だけの体質である。



どうせ何やったってダメだから「テーゲーでいいんだよ」と言う思想であろうか。



当たっている。



何やっても植民地のままである。



マンガ喫茶店にでも入って見るとよい。無言で無愛想に水をドンとテーブルに置く若いウエイトレス、ウエイターに島の人間は、無関心である。



注文を言っても無言のまま立ち去るのも多い。



私でも何も言わない。


島の習わしである。



これくらいの事で怒っていては沖縄では生きていけない。



だから私が怒るのはよっぽどの事だ。




新しい「ウィルス」が発生した時に、島民よりも10年くらい先に関知する。



巨像も蟻によって倒される。



たった一人の人間の進出によって平和はあっと言う間に崩壊する。



例えば、あなたの隣に「変人」が引っ越して来たらどうだ。


あなたのこれまでの平和はあっと言う間に終る。



不況の時代だ。不動産屋も大家も金さえ入れば誰でもよい。


現に、この人おかしいな、とわかっていながら入居させた後、無差別殺人を犯した例もある。



だから、私の察知能力は、今は、誰からも相手にされない。



しかし、大概、外した事がない。



皆んな平和主義なんだ、と言う。



危機感がないだけだろう、と思うが、どうせ何をされても泣き寝入りの民族である。



沖縄は、悪徳商法のメッカである。



毎年、何かしら、新興の「ねずみ構」めいた商法で年寄りが首を吊る。



最初、私が意味不明に嫌悪しても回りの誰からも相手にされず、何年か後、今度は、回りが嫌悪する。



その頃には、私は、知らんぷりで関心もない。



先のマンガ喫茶のウエイトレス、ウエイターも悪気はないらしい。



まだ上等な言語が上手く使えないのだ。



ニューヨークのウエイトレスよりさらに上を行く無愛想であろう。


(この頃、急に少しマニュアル言語をしゃべり出すようになった。あれから50年以上経てやっとだ。)



たぶんお金のために「奴隷」の振舞いをしたくないのだろう。



皆んなオーナーに泣いて頼まれて仕方なく働いているのだと思う。




一日も早くくびになって社会の厳しさを知ってもらいたい、と願うが世の中そうそう私の望み通りにはいかない。




私は、5級あたりから「普通のセミプロ」の楽器弾きとして見ているから4級は「プロ」クラスである。



アドリブを即興でレコーディングできるレベルは2級あたりからだと思っている。それに達しない者はまだ録音物ではアドリブはむつかしい。


ハービー.ハンコック(ピアノ)チック.コリア(ピアノ)、ジョン.スコフィールド(ギター)パット.メセニー(ギター)あたりでアドリブ道は名誉八段としている。


名誉がつくというのは、「その辺は曖昧(あいまい)に」と言うことだ。


ただし、その域に達すればもう上達しない。



スタイルが確定したからだ。


大抵の日本人はスタイルがないから対象外である。系列が違ってくる。


日本人に適応するなら「彼はパット.メセニー3級だな」



「彼はジョン.スコ2級くらいだろう」



「しかし、あいつはジム.ホール二段ではないか?」



「おお!ウェス.モンゴメリー初段!」と言う方がしっくりする。


私は、「挫折」あるいは「退会」にした100人を分析して見た。


大体、以下に記したタイプに分別できるように思う。


いずれも「音楽」と言うものにまつわる「甘い蜜」を求めてその「脳」がマスコミに洗脳されたタイプの人間だ。


共通して言えることは「習い事に向かない」である。


いちじるしく「客観性」に欠けた人間とも言える。



そこに気づかないかぎり彼らは一生このままである。



彼らの子孫の中から、ある日突然そのパターンを変える者が誕生するとされているが、それには様々な両親のタイプ別の組み合わせによって複雑な計算があるようだ。



1:オレは天才だ、系


これは、かなり多い。アドリブができないという種族は、基本的にはこれに属する。


何でも、少しだけかじっては、すぐにあきらめるのである。

一切、練習も復習もしないのに「私は頭が悪い」、「私には才能がない」と自己を天才あつかいするのである。


私は、20年ほどかけて自分には才能があるか、を探っている。



彼、彼女らは、たったの1週間程度で、何の努力もせず、自分を卑下(ひげ)するのである。


自分を「天才」とでも思っていなければそんな発言はしない。



何の復習もしないで理解する者は天才以外にいないからである。


自分がアホでバカで無能で間抜けだ、と本気で実感している者が努力するのである。



なぜなら自分の中には引き出すものはない、という所から人生は、スタートするからである。



2
:無気力型、受験生、公務員系



彼らはもう、勉強というものにアレルギー反応を持っている。



何を与えても嫌な顔をする。



「やらなきゃいけないんですかあ」とばかりに、うんざりした顔である。


勉強嫌いなのに、ただ苦痛をこらえてテストで落第点だけを取らないように親に逆らえないまま生きてきたのだ。


何も、好きで自分から通った音楽教室まで来てそんな顔をする必要はない。


公務員系に多い。



よほどつらい勉強をしてきたのだろう。


彼らは嫌々ながら勉強し、嫌々ながら毎日の仕事をこなしているだけなのだ。



強迫観念につき動かされ、何を学んでも感動がない。



だから何を語ってもそこには「感動」がない。


世の中はそんなにむつかしくない。



「友達のつくり方」の本を読めば友達ができる、というものではない。



血液型もいらない。



目の前の人間と普通の常識感で「普通」に接すればつきあえる。



その方法に何派の学問もいらない。



いつもゴールは単純なことである。


作曲なんて一枚の五線紙に音符を書けばよいのである。


そのために理論を学んでいるのである。



ミイラ取りがミイラになる、というものだ。



発想が逆である。


無学な親に子供は育てられない、と思っていることと同じである。



そんなわけはない。



まったく逆の例ばかりである。



何でも無理矢理習えば解決するものではない。


やる気のないのは自分自身である。



そんな奴の回りはそんな奴ばかりだ。



類は友を呼ぶからその中から出ないことである。



他の世界にあこがれないことだ。


こちらも迷惑する。



学ぶ事は「感動」以外にありえない。



これからの人生は、クラシック.バレーでも始めて極力頭を使わないことだ。



もっと身体で「感動」を表現する訓練を積むとよい。



でなければ、接した者が不幸である。


3
:根気なし、憧(あこが)れ系


やっかいな種族である。



やめた生徒の全体の60パーセントのタイプである。

たった一回の授業で「逃げ出した」者も5人ばかりいる。


野球選手にはなりたいが、走るのは嫌いと言う人種だ。



中には「素振り」まで嫌い、という者までが憧れている。


一生、挫折癖がつく。



あとほんの3,4年で彼らの生涯は決定する。


何とか、彼らと一生かかわらないで生きて行く方法はないか、と思う。


憧(あこが)れては、挫折、憧れては、挫折の連続である。



それでいて自己主張が強く何を言ってもその通りしない。



必ず課題以外の別の事をちょこちょこと練習している。



そして終(しま)いには「自分にはできません」である。


しばらくするとまた他の教室を探す。



もう、こうなったら親を怨(うら)め。



どうしても治したいなら毎日、ナイフで鉛筆でも削って1,000本くらい並べて眺めよ。



4
:変人系

もう、どう見ても変人そのものだ。


「おまえ上手いのか?2千円払うから今、目の前で弾いて見ろ」と突然、訪問し入会を決める者もいた。



弁護士を目指していたが挫折したので頭はおまえよりはいい、と言うのである。



授業以外では無視して相手にしなかったので自分から止めて行った。



私は徹底したビジネスマンである。



御褒美(ごほうび)に絶対に私的な会話をしない。


音楽を習いに来て「私、死にたいのです。


学生の頃、犯されて子供ができ中絶したのです。



それから男性恐怖症なのです」と私の前でべらべら喋る、まず当面の目標をダイエットにおいた方がいいのではないか、と思われた娘もいた。


調査した結果、私のまわりでこの「小咄(こばなし)」を知らない者はいなかった。


破門の後、ストーカーとなり、一年も前から無言電話をかけていた犯人である事がわかった。



この対策として一切の「非通知電話」は取らないようにしているから営業妨害でもある。


親は公務員の教師と言う(やっぱり!)。



時折、ライブに現れては、奥の席にひとりじっとしていたりした。


座敷童(ざしきわらし)と思えばよい。



バンド界の噂の常として、私が彼女に「何か」をしたからストーカーになったのだ、という説が常識となった。



彼等にはストーカーする人間の心理が理解できないのだ。



少しでも自我を安定させてくれる要素がある人間に「依存」しようとする心理が不可解なのであろう。



私は単に、少しそのイメージに「かすった」だけである。


その「かすり」が彼女には「すべての一致」をみたわけである。



彼女の誤算は私を「やさしい人間」だと思ったことである。



私の「やさしさ」は決められたルールをクリアーしての上だけのものである。





05:非常識系



ケース:1


これは沖縄でライブをしているあるアマチャアー系プロ.ミュージシャンの生徒のことである。


アマチュア系と言うのは、上下の人間関係のしがらみがなく突然湧いて出てきた種族で別にビートルズでも同じだ。


プロ系とは業界の「裏方」から「造反(ぞうはん)有理(ゆうり)」を起こして現れる人種のことだ


私がギターを楽器店の修理に出したら8万円になってしまった。

これは払えないな、と思っているとそのギターを弾いてみたいと言って来た。


楽器店で試奏し気に入って以来、勝手に持ち出しては、ライブで使用していたので8万円を支払うならしばらく貸せてもよい、と言った。


立て替えておいてくれるなら、しばらくこちらの金ができるまで預かっておいてくれ、とした。


彼は、修理費を立て替えて楽器を手に入れた。



それからすぐ教室を「休学したい」と申し出た。

1ヶ月後、新聞を開くとCDを出した、とインタビュー記事が沖縄芸能の一面に出た。



私に習ったと言ってくれるかな、と読んでいると、「あれはジャズの要素を取り入れました」「これは対位方という手法で作った」とコメントしていた。


すべて私がこの譜面も一切読めないフォーク.ロック系のミュージシャンに懸命に「知識」を与えたにもかかわらずすべて最初から知っていたと言う感じのコメントであった。


「まあ、よい、私は裏の人間だ、しかし一体、いつレコーディングしていたのだろう、1年以上も個人レッスンして何も言わなかったというのに」とその言動が不可思議だった。



私はそのCDくらいは送られて来るだろう、と待ち続けた。


何もなかった。



私は少し怒り、そろそろ私の楽器を持ってこい、とハガキを出す。



とは言っても楽器を引き取る金はまだない。しかし何の返事もない。

半年後、また催促のハガキを出す。



音沙汰なし。



こういうことは文書に残しておいた方がよい。


活躍していることはわかる。


そうして2年以上が過ぎ、ある日、知人が彼に会ったら、よく私から年賀状をもらう、と言っていた、と聞かされた。


私は激怒し、即行で電話をかけ「今からギターをもってこい!」と怒鳴る。



「明日、ライブがあるので明日ついでに寄ります」と言ってきた。


翌日、楽器をケースに収めたまま持ってくる。



私は怒りが少し納まっていた。


「で、私はいくら払えばよい?普通、月づきの楽器レンタル料として差し引きしても2年は長い。いくらほしい」と聞く。


彼は「8万円です」と言った。



これは「金銭」のみの貸し借りではない。


私の常識では、どんなに情けをかけて、月500円で楽器をレンタルしたとしても1年では¥11、000であり2年では¥22、000の減価償却と言うものがある。


大体、月500円でギターを貸す者はいない。



彼もプロである。


友人ではない。おまけに生徒であった者だ。



さらに、とんでもない事を言い出して来た。


もう一度私に習いたい、と言ってきた。


しかも、自分でも近々、教室を始めるのだ、と言う。


私は、言っている意味がわからなかった。



私は君に教え、君は教室を自分でやる?と言うことか、と尋ねた。


彼は、「そうです。」と言った。



私に習ったことは誰にも教えない、という。


では、生徒が音階の事を聞いて来たら何を彼は話すのだろう。



彼はまだ8級である。



私に習い、それより安い月謝で自分でも教えるのだ、と言う。


私は、この時ほど陪審員制の導入を切望したことはない。

しかし、今、この台詞(せりふ)を聞いているのは私一人である。


私は、楽器引き取り料のことでもあきれていたので黙って8万円を渡し、「それはできないから」と言った。


彼には、常識は通用しない、と判断したからだ。



さらに彼は、もし、そのギターを誰かに売りたいと思ったらぜひ自分に売ってくれ、と言う。


自分にとっても大切なギターである、という。

このギターは私が初めて手に入れたジャズ用のギターであったから私にも思い入れがある。


私は、自分のギターが大切にされていた、ということで彼を少し赦すことにした。



そして、大人である事を忘れない私は、今日のライブがんばってくれ、とだけ言って見送った。


私は、彼の持ってきた2年ぶりのギターとの対面に、わくわくしてケースから取り出した。


すると、そこには、見るも無惨な姿の私のギターがあった。



ボディやネックは、ボロボロにひび割れ、埃(ほこり)にまみれていた。


弦は3本だけ張ったままだった。



残りは切れたままであった。


その錆(さ)びた3本の弦からはパラパラと錆びの鉄粉が落ちた。


これが彼の常識感覚であった。


私の常識では、長い間借りたギターは、新しい弦に張り替え、きれいに掃除し磨き上げ渡すものである。



その時間の猶予(ゆうよ)もあった。


私は、借りた物をこんなにもすごい返し方をする常識感に、これを一人で鑑賞するのは惜しいと思った。



そのままギターをケースに収め、再び修理屋にそのままの姿で出した。


しばらくは鑑賞用としてこれを見た者はみんな腰を抜かした。



普通の職業の感覚では理解できなかったからだ。

この者は、今でも有名な常識系のフォーク.ロック.プレーヤーとして少なくとも私の100倍は知名度がありギター教室をしている。


温和な表情が特徴である。



別に音楽に異論はない。



好みの問題である。



私がとやかく言える分野ではない。



アドリブを除いた総合的な楽器技術は、プロとしてのレベルをクリアしている。



大抵の者はリズムに難がありクリアーしてないがめずらしくクリアーしている。



なぜかと言えば即興性のない徹底した時計のリズムだからである。


ケース:2


この生徒は、沖縄の人気フュージョングループと言うことで「アドリブ」を勉強したいと言ってやってきた。


私の世代では、アドリブができない者を「フュージョン.プレーヤー」とは呼ばない。


彼のルーツはブラスバンド出身であろうか。



一流プロ.ミュージシャンの名前はほとんど知らなかった。



唯一聴いて知っている名は、「ケニ−.G」であった。


彼は来月から東京のライブ.ハウスにて有名フュージョン.プレーヤーのライブへ毎月、ゲストとして呼ばれているのだと言った。


私はアドリブができない者がどうやってこなすのか不思議であった。



彼は、東京からライブ前のリハーサル後の空き時間に、突然電話をかけてきた。


今から言う曲のコード進行に合うスケールを至急教えて下さい、と言ってきた。


彼は、ロックンロールのアドリブもできないため、とても渡された譜面の曲をアドリブすることは無理だった。



彼には後5年は修行が必要だった。


私は、「いつものように思いっきり気合いを入れて一音、一音をロング.トーンで吹けば、感動した、とバカな評をする客も出てくるだろう」と言った。



まるで、剣術大会で優勝するとカッコいいと町人が思いつき、並み居る武芸者を一夜にして倒せる技を教えてくれと請うているようなものだ。



真剣を使用しない、と言うルールに参加を決めたのだろう。


竹刀を大上段にかまえ、目をつぶり、ここだと思う所で思いっきり竹刀を振り下ろせ、と指示するしかないようなものだ。


それにしてもなぜ、これくらいのレベルの者が世に出ようとするのだろう?と不思議でならなかった。



沖縄の音楽界は異常である。



昔はこんな者は相手にされなかった。


彼は、実費で上京し、知り合いを頼り一泊し、ライブでは2曲ほど演奏するだけだった。


わざわざそれだけのために「上京」するのである。



「今月、ちょっと東京でライブがあるので」と吹聴(ふいちょう)するためだけにである。


まあ、自分のオリジナルのメロディだけを管楽器で吹いてくれるだけでいい、というギタリストも多い。


ちゃんとしたプレーヤーだとギャラの取り分もさらに減る。


相手は、「知名度」を上げればよい若者だ。



双方にメリットはある。

私の予測通り、他の有名プレーヤーは彼とは会話を交わさなかったという。


やがてその上京ライブもうやむやな内に無くなっていた。


彼の会話には常に「うちの事務所が」とか「マネージャーが」と言う単語が挟(はさ)まれた。


私は、この若者たちは「芸能人ごっこ」をしているのか?と思っていた。


彼には他のアルバイト先があったからだ。



沖縄にそういう大手プロダクションがあるという事実もなかった。


この現象は、既に1986年頃のから10代の間で使われていた。


バンドと言わず、「今度、プロジェクトを組んだから」とか言うのである。



皆んな実家から通っている若者たちだ。


ジャズ系にもロック系にもなかった言葉だ。



たぶんYMO系ではないのだろか?


よくわからない。


私はYMO世代ではない。



でもYMOも彼は知らなかった。



ケニ−.Gだけだった。


昔の若者系ミュージシャンのようにあやしげなボロアパートに一人暮らししている者はいない。


30才になっても電話口には母親が出る。



おまけに「何のようですか?」とこちらへ聞き返す母親もいる。


私は中学生に戻ったような気分になる。


この若者は、責任感と言うものがまったくなかった。


何度も決められた授業時間も平気ですっぽかし、その後何日経ても自分からは一切連絡して来なかった。


たぶん、交通事故に遭い、入院中なのかもしれない(それしか考えられない)と連絡してみると、「すみません」とだけ言い、後は、何を聞いても終始無言でいる。



「とにかく、やめるか、続けるかはっきりしてくれ」と言うと「続けます」と言う。


大体、3回中、2回はこの調子で無断ですっぽかされた。

「じゃあ僕が、やりましよう」と何でも簡単に引き受けるのだが、後は何の音沙汰もないのである。


信じられないだろうが、彼は何も覚えてないのだ。



すべてがその場の取り繕いなのである。


ただ、彼の武器は、何度も体育会系のように謝ってみせるのだ。



それが必ず上目使いでもみ手をし、誰にでも愛想(あいそう)のよい顔をするのである。


ある日、なぜか外で怒鳴り声が聞こえてきた。


「そんな奴らの仕事はこっちで裏から奪ってしまえ!」とまるでやり手の若(わか)頭(がしら)のような指示を出しる者がいた。



覗いて見ると携帯を手にした彼だった。


彼は、やがて私の前に現れ、へこへこと好青年を演じた。


5年在籍したが、結局、何ひとつまともにできた課題はなかった。



まったく練習しないのである。



まったくである。


その都度、「がんばります」とだけは言う。


彼は私の教室ではアドリブ初心者として扱ってもよかった。


しかし彼は、地元のテレビやコンサートやCD発売などで、他の初心の生徒は彼を大変上手い有名プレーヤーだと信じていた。


私はしかたないので彼がアドリブできないことを黙って誰にも言わなかった。


彼はメロディしか演奏できないフュージョンプレーヤーでしかなかった。


アドリブとなるとただ力まかせに犬の遠ぼえのような音を出すしかなかった。


しかし地元ではそのパフォーマンスが受けていた。


ジャズ系のバンドマンは冷たく、この若者のパフォーマンスを黙認していた。


ある日、テレビで彼がジャズの曲を演奏しているのを見た。



私は、やっと本気で人前でチャレンジする気持ちが出たか、とうれしかった。


しかし、彼の演奏する、ジャズのスタンダードは、コードチェンジがなされ、恐ろしく簡単なコードに直されていた。


一本の音階で力まかせに演奏すれば誰でも簡単にできる曲に変っていた。



その曲はかなり複雑なコードの部分がありジャズミュージシャンはそこをどう切り抜けるかを競ったものだった。

しかし、彼らのジャズはそこの部分がごっそりなくなり簡単なコードにチェンジされていた。



これはアレンジではない。「インチキ」である。


ドラムのシンバルも「インチキ、インチキ」と4ビートを刻むのである。


ジャズのスタンダードと呼ばれているものを再アレンジのスタイルでなく通常のまま行なう場合い、それぞれのコード進行には、様々な難関箇所がある。



これがジャズが一般の聴衆と演じ手との距離を広げてしまった原因の一つであり、ぴんと外れな批評家を生み出した原因でもあり、知ったかぶりの素人演奏家をつくって来た原因でもある。


しかし、この場合は、主力選手が休場中で、さらに、不戦勝で優勝するK-1の試合のようなものである。


また魚を卸ろせない魚屋のようなものである。

そして、これは私が考える以上に彼は、あの若さで狡猾(こうかつ)であることを知った。



以来、彼には何も本気でアドバイスしなくなった。



馬の耳に南無阿弥陀仏である。


愛想の良さと返事だけは一人前である。



そうやって生きてきたのだろう。


この手の者は上昇指向が恐ろしく強い。



いつか必ず、立場の逆転を企(たくら)んでいる。



上目使いに現れている。


彼は、この先もアドリブができないことをひた隠しフュージョン.プレーヤーとして観光客を騙し続けるであろう。


なぜ、生徒として私が受け付けたか、と言えば、彼がひょっとしたらミュージシャンというものの厳しさをいつか知り、アドリブのできないフュージョン.プレーヤーというのは詐欺師(さぎし)そのものである、ということを知る時が真面目に修行していればいつかきっと来るだろうと信じていたからだ。


これが私の教室のこのいいかげんな地での使命でもあったからだ。



これを沖縄の代表としてとられては「沖縄の恥」だと思ったからだ。



また、アドリブができないことがバレたら東京のミュージシャンは大変厳しい、と同情したからだ。


彼は在籍中、彼が生まれてから当時まで、その存在すら知らなかったジャズ専門の全国誌に、ある有名フュージョン.プレーヤーの手引きで彼の特集のインタビュー記事が巻頭に載った。


(双方にメリットがあるつき合いだったのだろう)


その有名ミュージシャンをプロデューサーに迎えCDを自主制作したからその宣伝である、と言った内容だ。


彼もまた、私の教室に通っていることは一切ふれなかった。


沖縄に戦後、ジャズが発生して以来、その専門雑誌で特集されたのは彼だけである。


多くのバンドマンがアドリブと格闘し無名のまま消えた。


そのトップを維持してジャズ教育に貢献したプレーヤーは生涯演奏できない境遇になった。(「初めまして」参照)


私は、以来、その雑誌を買わない。


彼はその後も、何度も授業予約時間をすっぽかした。


その度に、彼の携帯はいつも留守電になっていた。



私は連絡するようにと何度も数日にわたってメッセージを入れた。



何の音沙汰もなかった。


何の連絡もないまま、時が経った。


私は日課のように「連絡くれ」とメッセージを留守電に入れていたが、ある日、「この野郎!いいかげんにしろ、今すぐ電話を寄越せ!ふざけるな!」と私は、絶対に日頃、生徒に向って吐くことのない口調で怒鳴りメッセージを入れた。


約、15秒後であった。



彼から電話がかかってきた。


彼は、いつもメッセージがある事を知っていたのである。




彼はただ「すいません」と言い、後は無言で私の説教を聞いているふりをしていた。



そして、それでも「教室は、まだ続けます」と返答した。


その後、彼は、やっぱり授業をすっぽかし、何度も連絡しても連絡がつかなかった。



私は、彼に変更した授業時間を告げるため彼の大袈裟な死ぬ程恥ずかしい公式ホーム.ページとやらにメールを打ってみた。


(沖縄の音楽サイトは基本的にみな「恥ずかしい」)


それは、「全く連絡がつかない。一応、今日の午後、アンサンブルのリハーサルがある」とだけ書いてメールした。


彼は、その日の夕方近く1時間ほど遅れてやってきた。


自分の携帯が壊れたため私の電話番号を無くしていたので連絡できなかったのだと言った。


(電話帳に何年も載っている)


そして実は、身内に不幸があり本土に移住するので退会したい、と告げた。


またしても当日のその約束した時間での報告である。



決まってすべての不幸は授業日に起こる。


私は、無表情に形式的なお悔やみと励ましの言葉を述べ、視線の定まらないこの若者との無駄な5年の人生を終らせた。



彼はサーカスでカンガルーでも乗せるような派手な色をしたオープンカーに乗り去って行った。



彼は、仕事を頼まれ派遣された仕事先で、責任者と直接交渉し紹介派遣業者を無視して、直接契約し直してその職を自分の物とした。




これは年輩のバンドマンがよくやる業界用語で「ケツをかく」と言う「乗っ取り法」である。

バンド界にはこんな 話しがある。



あるクラブでピアノ弾きが20年近く演奏していた。ギャラは月30万円であった。



そして不況の時代がやって来てそのクラブのママはピアノ弾きの給料が高い、と思い始めた。



そこへ他のピアノ弾きがやってきて「オレなら月20万円でよい」とママに言った。



ママは経営不振を理由に20年来のピアノ弾きを解雇した。



ここからがクラブ界の常套手段なのだが、すぐには新しいピアノ弾きには変らない。



すぐに変ればその新しいピアニストが「ダンピング(価格引き下げ)」し仕事を奪ったことがバレてしまう。



1ヶ月ほど「間」をつくる。



そして新しいピアニストを「20万円でいいなら」と言って雇った、とする。



古いピアニストには「30万円から20万円にしてくれないか、とは失礼にあたったから」とそのプライドをくすぶって納得させる。



しかし不況にはかわりない。くびになった古いピアニストも仕事がない。



そこで古いピアニストはママに言う。



「17万円でいいからやらせないか」と。



かくして、解雇されたピアニストはまた古巣のクラブでピアノ弾きとしてカムバックした。



彼は、ほんの3ヶ月の間に月30万円から17万円の給料になってしまったのだ。



この場合、新しいピアノ弾きが「ケツをかいた」のである。



野心に満ちた「バンドマン」をメンバーに入れるとこうしたことは頻繁に起こる。



彼らを「調達」したバンド.マスターの隙(すき)を見て、クラブのマネージャーへ「次は自分に直接、声をかけてくれ」と名刺をそっと渡すのである。



やたらと声をかけバンマスより親しくなろうと振舞うのである。



これがバンドマンの「ケツかき合戦」である。



語源はわからない。



「ケツ」は「お尻」か「決」か、「かく」は「欠く」か「掻く」なのかは不明。



バンドマン用語のことだから「博打用語」の一種ではないだろうか。



いずれにせよ、これは彼が、若くして既に「仁義なき闘い」を地で行く世界の住人であった事を現している。



「ミュージシャン」は、バカバカしくて深入りしない。



音楽家の世界ではないからだ。



「バンド斡旋業」と言うのはそうしたバンドマンを斡旋してしまったら終りである。



すごい斡旋業者もいる。



ホテル等から80万円を毎月取り月20万円の「外人」シンガー兼ピアニストを調達する所もある。



当然、女性ピアニストに限る。

私は大概、サイドメンであるから、この手の仕事先へ行った場合、責任者とは口を直接こちらから利かないようにしていたものだ。



バンマスの「縄張り」であるからだ。



メンバーがみんな無愛想なわけではない。



仁義を通しているだけである。



クラブ、ホテルのバンドマンの世界である。



彼は、今その職場の「顔」となって売り出している。



しかし、所詮、バンドマンの世界には一般の観光客の誰も関心を持たないことをいずれ知るであろう。




残したものは「悪評」のみである。



アドリブを教える、ということだけで、こうも胡散(うさん)臭い人種とかかわらないといけないのか、とため息が出た。



教育以前の世界である。


彼らは、相変わらず、この地に住み、観光客を対象に県内外で活躍中である。

(念のため、私は、「ディアマンテス」のことは何も知らない。彼らはそこまで「有名」には生涯行かないだろう。)




最近、この非常識系の1と2の二人が手を組んでバンドを作った、と聞いた。



さぞ私の悪口に花が咲き楽しいことであろう。



お互い何の違和感もなく交流できることであろう。

追記:このサックスの生徒は、95年頃の「ジャズ.ライフ」誌で、ある有名本土ギタリストの手引きで巻頭インタビューを受け特集された。

沖縄を代表するフュージョン.グループとして。

このサックスもメンバーの誰も「ジャズ.ライフ」誌の名すら知らない「素人軍団」というのに。

よりによってアドリブができないフュージョン.プレーヤーをインタビューするとは。

「沖縄ブーム」の便乗への始まりの頃であろうか。





ケース:3


全国有名人プレーヤーにぺこぺこと頭を下げ接近しては、やがてしばらくすると彼らを踏み台にして必ず自分の名も対等に全面に出すことを要求する者もいた。



彼を嫌う者との内部分裂で「解散」になる度(たび)にその経歴をプロフィールに組み入れるのである。



彼自身には何も語るべき音楽はない。


ただひたすら「有名」と言う権力の地位までに辿り着くための手段でしかない。


したがい、その音楽は何でもよい。


ただ有名人であることが条件だ。


その証拠に無名の者への仕打ちが年々ひどい、と聞く。



大抵が「無視」だと言う。


その者がバンドに入ると必ず、一年も経ない内にバンドは解散している。



その前に自己の名をリーダーと同等にクレジットすることをライブで要求している。


彼は、成功への階段を上って行くように感じているのだろうが、彼にはプロフィールにはあっても実際の「過去」がないのである。


人間社会の中から出て来ていない、ということだ。



しかし、面白いことに彼が抜けた後でもみんな「有名人」のままである。

この手の者は本来、音楽家には向いていない。



何も創造できないからだ。


チャンスに出会うと、付け焼き刃のように流行のできそこないのようなものをあわててこしらえ、その販売に精を出すだけである。



あるいは、何がなんでも「プロデューサー業」の肩書きを得ようとあやしげな会社を設立する。


特徴は、もみ手をしながら入ってきた一番の新参者がやがてバンドを「仕切り出す」、と言える。


力ある者は最初から「えらい人」である。



バンドもそれをよしとして受け入れている。



また、演奏の際、狂気のように突然過激フリーパフォーマンス.アドリブし観客から喝采を浴びるという隠し技を持つ。



しかし、一夜のライブで一度しか使えない「過激技」であるためラストに到るまでは大して印象的なプレイはできない。



そこが見分けるポイントである。




ケース:4


私を超えたと噂される8級レベルの「ジャズとロックに精通したギタリスト」というキャッチ.フレーズの者もいる。



ただ気合いとはったりだけであらんかぎりの技術を一曲に導入し素人目をあざむくが、彼らは何を弾いても基本的に「同じ曲」のようなアドリブにしかならない。



最初の1曲ですべての才能を使い切ったのである。



もう何の技も残っていないのだ。


曲が変っても同じである。


メロディは変ってもアドリブは同じである。



また、この者はおだやかな知性派風に自己を演出するのだが、二十台後半の年齢にも突入していたと言うのに一年の内、何月が「大の月」で何月が「小の月」かも言えなかった。



このまま音楽のみを教えてよいものか、と考え込んだものだ。



彼が、もし同世代の者より音楽的にすぐれている、と言う者がいるとすれば、それは才能と言うものではない。



彼は同世代の者が知らなくてはいけないことをすべて知らないまま楽器のみを弾き続けただけである。



皆んなが他の事を勉強しなくてはならない時期にも、彼は楽器だけを弾いて暮してきたのである。



これは天才少年少女と呼ばれやがて大人になり「普通の人」になる者らと同じ成立過程である。



たまたま、その時期に楽器しか弾いていない子は彼だけだったのである。



だから彼もやがて30台に入り普通のプレーヤーのままでいるのである。



その年になってもまだアドリブを録音するレベルには達していない、という事実は、彼が早熟でも天才でもなかったという事を物語っているのである。



彼を絶賛しちやほやした人間たちもまた、音楽の判別能力がなかった者たちである。



彼はその「枠(わく)」から飛び出す事ができない居心地のよい世界の住人として暮していたのである。

漢字を3つばかり書ければ「漢字博士」を名乗るような者である。



漢字は全部で5つくらいあると思っているのである。



また、島国の特徴として目の前にいる「一流ミュージシャン」と自分の実力差は5人抜きくらいでしかないだろうと思ってしまったのだ。





同様な仲間の間でもそう言い出す者もいるからそう信じ込んでしまったのだろう。


実際には、1億人くらいいるとしてもだ。



とりあえず近所には自分ほどの実力者はいないから、というのがその根拠であるらしい。



あまりの時間と授業料滞納の金銭のルーズさに「授業ストップ」を言い渡した。



しかし、いつのまにか私に内緒で、自分で教室を始め生徒を取っていた。



私が1年後、偶然、再会した際、「ちゃんとしてたらもう一度授業を再開してよい」と伝えたら「もう少し一人でがんばってみます」とりっぱな事を言うので見直していた。



しかし、彼はずっと以前から秘かに自分の生徒を取り自宅にて教えていたのである。



私にはバレないように何年もそうして送っていたのである。



彼は、後にかつて全国を一世風靡した変態パフォーマンス.ロックバンドのボーカルのバンドに加わりその世界ではいくらか知られるようになったということだ。



しかし、相変わらずのローカルな話しではある。




いずれにせよ、音楽をこれから目指す若者は、小の月、大の月くらいは知っていないといけない、という例である。



私が彼に伝えた事でおそらく今後の人生に役立った唯一のものは、「西向く侍(さむらい)小(しよう)の月」と言うフレーズのみであろう。




『二月、四月、六月、九月、十一月(武士の「士」は十と一でできているから、「サムライ」と読む)は、月が31日もないの小の月である、という実にもうばかばかしい講義である』



もう忘れてしまったかもしれない。



わからない者は年寄りにでも聞くとよい。


少なくとも音楽の勉強は即刻中止した方がよい。



どうせ大したプレーヤーにはなれないのだからそれよりもちゃんとしたまともな一般人を目指すべきである。



とりあえず、2月は、4年に一度29日ある。普段は28日しかない。



あなたならこんな若者たちへ「ジャズ理論」を教えることに罪の意識は起きないか。



いかに自分が食うためとはいえ。




6:万引き系

ケース:1



高校生の生徒が入会してきた。


彼は将来ロックで有名なミュージシャンになりたい、と言う。


私は彼に様々なギターのアドリブ.スタイルをテープをつくり聞かせたりした。


彼はほとんど課題をやってはこなかった。



私はその都度、様々のCDをかけ興味を抱かそうと努めた。



私の教室にはいつでも生徒が手に取ってCDが聴けるように、と展示していた。



彼は、3ヶ月ほどして、ある日、今日かぎりでやめたい、資格試験の勉強がある、と理由を述べた。



その資格を取得し生活を安定させてからロックミュージシャンを目指したい、と言った。



私は、引っ越しの荷造りの最中で、彼の授業が最後となり何かと席を外した。



彼が去ってから数日後、私は、私のCDが30枚ばかりないことに気づいた。



すべて彼のためにテープにおさめたり、と紹介しながら聞かせていたCDのみなくなっていた。



特に最後の日、私は「吉田拓朗全集」をかけていた。



それもなくなっていた。



教室をやって初めてのことだった。



ほとんどが20年ほどかけて集めたものばかりであった。



私はあきらめた。


追求してもしかたないことだとあきらめた。



そういえば帰る際、何かみょうに忙(せわ)しかったと思い出したのだがあとの祭りであった。



彼は3ヶ月も在籍していない生徒である。



だから私は今ではジョン.スコフィールドもビル.フリゼールもパット.メセニーもウルフガング.ムースピールもそして吉田拓朗のCDも何一つもっていない。



今さら同じ物を買ってもしょうがない。



私はほっておくことにした。



音楽で成功した、という人間にこんな「過去」があるわけがない。



彼はこの世界の人間ではなかったのである。



沖縄という所は、最近、若者系の野外コンサートでは必ず楽屋から何かが無くなっている、という。



これは本土のどんな「パンク」系のバンドのコンサートでもそんな会場はない、という。



そんな音楽好きな若者の一人だったのだろう。



若い頃、ギター教室からCDを30枚ばかり盗んだのだ、という過去を持った「老人」はどんな人生を送ったのだろうか?



そんな過去を持ったミュージシャンなどいない。



楽器店から楽器を盗んだ、という話しはある。



しかし仮にも「先生」の所有物を盗んだ、という生徒はもう人生は終っているのである。




以来、行方不明である。



携帯も替えている。



私は、彼のこれから起こる人生のすべてに30枚あまりのCDを贈り、分かれを告げたのである。



時折、ふと吉田拓朗でも聴こうか、と思うたび彼の事を思い出すのである。



生きていたら現在は21才になっていることだろう。




7:修行向かない系



とにかく修行に向かない。



「主張」ばかりが先行し、何を習うにも「自己主張」である。



日常も不平不満のかたまり。



お手上げ状態である。



自己主張だけで世の中の人は自分を「人間」として扱う義務がある、として色んな事に首を突っ込むが何をさせても成就(じょうじゅ)しない。



社長も社員も「同じ人間だ」言って譲らない。



それは社長が「思うこと」である。



逃げるが勝ちである。



何を言っても無駄である。



ひょっとすれば「政治家」向きであるかもしれない。



ここでダメだからと諦めることはない。



ただ、書道、スポーツ、武道、の一切は向かない。



とにかく政治家を目指すべきである。



主張だけで生きていけるかもしれない。



残念なのは他人への影響力はゼロであるから人を組織することも無理である。



どうしたらよいのか私にはわからない。



どうすればよかったのかは、死ぬ前に自分で悟るであろう。



19:番外編:無縁系(私の教育論1)




上記の項で、述べた分類の番外編として「無縁係」と言う人種がいる。

これは、本来、私とは無縁の者たちである。



絶対に私から、あるいは県出身の者の教室からは習わないと堅く決心している者たちだ。



「私もジャズ.ギターをやっているんですよ」「私はフュージョンをやっています」と面と向かって名乗って来る。



別にプロではない。完全なるアマチュア−である。



島国の人間であるから「この島にオレ以外に楽器を弾いて尊敬される人間はいてはならないのだけどね、明智君」と言った調子だ。



あのテレビ番組の「がちんこファイトクラブ」にでも出たら真っ先に脱落するか、結局は、不合格となってしまう連中である。



しかし、3ケ月でプロになったとしても、世界チャンピオンになってもまだ、具志堅は、トンカツ屋に勤めていたくらいだからその後が大変だ。




『「がちんこファイトクラブ」(テレビ番組)

不良を集めボクシングのプロテストに3ヶ月で合格させようという番組。誰も言うとおりやらないのだ。言う通りにやってもダメな世界だから結果は知れている。あれほどの不良なら今頃、殺人を犯して少年院へ入って当然なのだが、あの歳まで普通に生きているというのが不可解だ。現在、プロ合格している者は、以前「ガレッジセール」の深夜番組の格闘試合で優勝した者だ。』



まあ、とにかく基本的に同じ同郷の人間に「屈服」することだけはプライドが許さないと言う島国特有の性根を兼ね備えた連中である。



留学したらスーパーマンになって帰国できる、と信じ込んでしまうタイプだ。



基本的には「プライド高き男たち系」である。



大概、私の教室ランクでは8級くらいのレベルである。



8級ともなれば、ここでは充分プロとして活動できるから増々、自信満々である。



ただ、自分が8級である事を知らないだけである。



最高のものに接すれば、自分も一挙に最高のレベルに達すると思い込んでいるのだ。



元々、回りに、これといった競争相手もいないため自己愛が肥大してしまっているのだ。



相手は、世界チャンピオンであろうと関係ない。


恐らく、オレは、空でも飛べるかもしれない、試してはないが、、と人間の限界そのものに挑んでいるのかもしれない。



当然、CDコピーを真面目にやれば上手くなるから教室はいらない、と考える「独習派」でもある。



あるいは、とにかくバ−クリ−出身で本土系の人間でない者以外には死んでも頭を下げたくない、とする者たちである。


どこを出ようが、別段、これと言ったプレーヤーではない。1,000人並である。



料理の鉄人たちは、どの名門校も出ていない。



調理師免許、美容師免許さえも取得していない達人もいる。



東大出身でない者以外にはうちの子の家庭教師はお断りしますざ〜ます、である。


いわゆるエリート教育を受けた人種たちである。



だから権威に弱い。



東大の建築家の教授になって初めて建築家として認めた、という連中である。



普通の高校を卒業し、世界を旅し様々な建築物を見て、独学し、建築家となり、数々の世界的賞を受賞しても一般は、認めなかった。



東大の教授になって初めて世間は認めた。




なぜなら、東大生なら誰でもそういった賞を簡単に獲得できると信じている。



ああした連中は、応募した事も落ちた事も闇に葬(ほうむ)りながら生きているからその実体はわからないだけなのだ。



同じ結果が出ても東大は少し輝いて見える。不調だったのだろう、とまで言われる。



一方は死にもの狂いでがんばったのだろう、と。



違うのである。



彼等左脳系は、どんなに必死になっても表情に乏(とぼ)しいからあの顔しか作れないのである。




机に向かうように、とインプットされているから別段、苦痛ではないのである。




建築も人と人のつながりという。



依頼主との話し合い、材料屋、建築屋、等などの人間同志のかかわり合いに満ちている、という。



私も聞いた事がある。



1級建築士の資格を取得したのだが、大工の連中とは話しができないのです、という者である。



音楽の世界にも存在する。



勝手に、アレンジャーと言う地位が一番上にある、と信じているのだ。



だからアレンジャーは、プレーヤーよりも地位が上だ、と主張し、楽器を弾けなくともアレンジャーにはなりたい、と言って来る者である。




現存の一流アレンジャーがもし、プレーヤーからも尊敬されているとしたら、彼は、アレンジャーである前にプレーヤーとしても高いレベルにあるからなのだ。



それでたまたま、尊敬されているにすぎないのだ。



大工と話しのできない1級建築士とは不思議な取り合わせである。




創造物は、机の上で完成を見るのではない。




少なくとも、どうしても人間を通さなくてはいけない分野がある。



こいつが開業したら絶対通院しないけどなあ、と言う、大病院の医者も多々いる。



次第に、かつての役所のようになっていく。




窓口の偉そうな係り員である。



ようやく消えかけた、と思っていたら、民営化された大病院がその歴史を再び辿るのである。



歴史は繰り返す、である。



今や個人病院は、経営困難であるから大病院化しなくてはやっていけない。



その地域で医者は選べなくなるのである。




あそこの科の医者いばってるんだよなあ、と足取りも重くなる。




どうにかならないか。




これが、何もかも一足飛びに飛び越え他人の「上」に立とうと決めたエリート教育のもたらしたものである。




「キャリア組」の教育である。




皆んな、近所に友だちのいない子ばかりが大人になってしまったのだ。



何がなんでも地元はいけない、としている。



その中の何万人に一人は、天才が生まれるのであろう。

しかし、音楽の世界で、完全な独習者はいない。



武満徹氏でさえ、後にフルブライト基金で留学している。



最初、「デューク.エリントンに習いたい」と希望した話しは有名だ。

彼は、一人で、やれるだけの事を学んでいたのである。



協力する仲間もたくさんいた事だろう。



現に出世頭の黛敏郎氏は、彼にピアノをプレゼントしている。



彼は、友だちの家を渡り歩いてピアノを練習していたからである。



しかし、これは天才の例である。


最近は、近くの無名教室に¥200,000も年間に費やすよりは、例え、遠くても有名学校で¥2,00,0000かけた方がよい、とする連中である。



不思議な経済感覚である。



別に、才能があれば、その程度の教師の技量など1ケ月ほどで凌駕(りょうが)してしまえばいいではないか。



二百万も年間にかける前に1ケ月くらいは試してみてもよいではないか。



私は、アメリカのジャズ大学、バークリー校へ入学してから楽器をちゃんと始める、と言ったおぼっちゃまたちを知っている。



お金持ちの両親もその方がいいわね、と会話していた。



オリンピックに出場したくとも、まず最初に、地区予選と言うものがある。



強い者とばかり対戦して負けてばかりいないで、たまには弱い者と対戦して見ればよい。



一体、どれくらい弱い者の仲間なんだろう、とどんどん試して行くとどうか。



それはプライドが許さないか。



それほどの屈辱ではない、と思うのだ。



自分の底を知れば後は上を目指せばいいではないか。



そこで目指す上がいなくなったら次のステップへ踏み出して見てはどうか。




いや、しかし、力ある者の中にいきなり飛び込んでしまえばいきなり成長する、という方法もある。



どこの馬の骨ともわからない教師よりも名門の学校の教師に習えばまちがいない、とする戦略である。



留学すれば英語がペラペラになる、と信じている類だ。



しかし、そうした方法を取り成功した者には、ある程度の共通点はある。



一応、基礎力は備わっているのである。



最初から基礎力をつけに行く段階では、大抵が挫折してしまっている。



亭主がアメリカ人で、在米20年、という日本人の主婦の中に、ちゃんとした英語が喋れない、と言う者が多々いるという。



改めて英語学校へ行き、初級から勉強し直すそうだ。



20年間大変だったろう。



この違いは、文法が身に付いているか、否か、にあるという。



それも中学生程度で充分である、と言う。



話しの内容は、この際、どうでもよい。




教授で大学を選ばず、学校で選ぶ教育を受け、社会に出ても何の役にも立たない知識を抱えて暮らす者もいる。



おまけに大学時代の友人に会う事もままならない。



あっと言う間に、20年くらい経てしまう。



こうした経験を有効に活用している者は、全体のほんの数パーセントの者だと言う。



大抵の者は、帰郷してひっそりと暮す。



留学して、国際的に活躍する、となるとさらにその数は減る。



大抵は、アメリカ流の個人主義、能力主義の仕事のやり方に、まわりの日本人から疎(うと)んじられて相手にされなくなってしまう。



後、百年くらいかけなくては留学経験者が多数派になる事はないだろうからこれから先も大変である。



しかし、その矢先にまた、日本流の擬似家族方式がやっぱりよい、と見直されているかもしれない。



流動性のない職場では島国日本の鎖国方式がうまくいく。



能力よりも「和」へ向かうエネルギーを放出する集団である。



毎日、顔を合わせている職場で能力主義を導入すれば、お互いが競争してしまい、かえってストレスがたまり能率も悪くなる。



当然、お互いの仲も悪くなり何かと仕事以外では顔を合わせたくなくなってしまう。



しかし、これも安定した会社でないとうまく行かない。



会社が不安定だと言う時に、和気あいあいとしていては、倒産してしまう。

とかくこの世は住みにくい。



近所の少年野球チームでは活躍できないが全国一のチームならスターになるだろう、と思う者もいる。



私は基本的にそうした者たちとは一緒にプレイしないようにしている。



なぜなら、どんなに勝負あった、と言う技を決めても相手は負けを認めないからだ。



真剣を振り降ろし彼の額、約1センチ.メートル手前で止めた、としよう。


これで本来は「勝負あった」である。


私なら、その場で「参りました。弟子にして下さい」と土下座しその許しを請う。



しかし、この手の者は、それさえ気づかず「まだまだ!」と言って再び飛びかかってきてしまうのだ。



世界チャンピオンにいくら殴られても、負けを認めない例の「がちんこ」に出る不良のような者だ。



昔の武者修行者は、こうした意地をはると、あっと言う間にこの世から消えた。



死体も、その辺の河原にポイポイ捨てられた。



殺す方も「しかたがない」くらいにしか思っていなかった。



自分の命も、他人の命も大して重要だとは思っていなかった。



生まれてからずっと、いかに死ぬべきか、と言った事しか考えていなかったから何ともないでき事だった。



腕を試したくて、夜な夜な辻切(つじぎ)りに出かけた。


現代は、いくら彼等に勝っても、頭でもかち割らないかぎり彼らに負けはない。



しかし、音楽の対戦は、簡単だ。



黙ってステージを降りればよい。



彼のプレイを観客といっしょになって黙って見学すればよい。



あまりのつまらなさにやがて観客も退屈になり、やがて、お喋(しゃべ)りに転じ店内は騒然とするはずである。




彼の集中力では生れながらに他人を引き付けるだけのエネルギーは放てない。



追いつめられて狂人を演じるかもしれない。



力ある者には、別段、拷問(ごうもん)ではない。



ちゃんと自分自身のライブとして演奏をいつものように全うし、客も「金返せ!」とは言わないであろう。



運が良ければアンコールまでしてくれるだろう。

人間界に生まれ、若い頃に楽器に出会い、生涯をかけてあの程度の技術しか持てなくて終るのか、と哀れでならない。



プライドさえ高くなければ、もう少し「高み」に達した人生を送っていたのに、と同情を禁じ得ない。



あれほど人生の貴重な時間を日々修行にあてたにもかかわらず、誰からもその者の楽器演奏を聴きたいとは思われていないのである。



そのまま人生を終えるのであるから、これを哀れと言わずして何に涙せよ、と言うのか。



久しぶりにカツ丼など注文したからと言ってほほ笑んでいる場合ではない。



集められた関係者は、彼等が、得意気に弾いているものだからわけもわからず盛り上げてしまう。

こうなりゃパーティ−である。


どうせ、コピー曲の「発表会」程度でしかない。



ちゃんと弾けていたとしてもそれが完璧な再現なのかも判別できない。



しかたないから、ひたすらヒューヒューと口笛を鳴らし拍手するしか客の任はない。



日頃の利害関係も大切にしたい。



それにしても分けの分からん道楽にうつつを抜かしているものよ、と隣の連れとお喋りに夢中になる。

音が止まった所で、ひと騒ぎの合の手でも入れればよいから別段苦痛ではない。



この客を以(もっ)て「受けている」と思っては芸人は勤まらない。




年月を重ねれば次第に疑い深くなってくるのが芸人道である。



学校教育もこうなると罪である。



努力すれば何にでもなれる、と教えられているからだ。



そんなバカな!



世の中、努力しても無理なものは無理、と言えるものだらけである。



それを言っては一律教育にならないから学校では教えなかったのだ。



人それぞれ改良所が違うのである。



再三言うように、音楽も野球も同じである。




野球なら才能の善し悪しを論ぜる者が、音楽となると勘違いする。



なぜなら、野球は「受験教育」に入っていないから自信がないのである。



しかし、そのことが野球に対しての自己の才能を正しく評価することとなるのである。



学校教育にないものはすべてそういうものである。



だから私は、なぜ才能がないか、どこが障害となっているかをその言動、立ち振るまいを観察し、五感のすべてを動員し発見して上げよう、と言っているのだ。



誰でも専門の分野の目利きは多少利く。



しかし、私に接するより、人は、勘違いする環境に身を置く時間が圧倒的に長いから、それを上手く「矯正(きょうせい)」できないのである。



私はの役割は、楽器の技術を上達させればよいだけである。



その原因が楽器に無関係である事が分かっていながら無駄な指導を繰り返す事が馬鹿らしいのである。




上達しない者は、そうした楽器指導の他(ほか)に何をさせても上達しない原因が必ずある。



それを分かっていながら楽器指導ばかりを繰り返す事は相当なエネルギーを消耗することになる。




穴を掘っては埋め、掘っては埋め、という繰り返しである。



「おまえは、バカだろ、悪い事は言わない、楽器を練習する前に自分の名前を漢字で書ける事をまず目指すべきだ」



と言う程度の事は多少言って上げないと先へ進んでも意味がない。



何度、教えてもミとファが半音である事を忘れる者もいた。



技を持つ人間はみんな他人より自己分析に優れている者ばかりである。



鋭くも合理的な練習法を編み出した、その結果の産物なのである。




「オレのドは、ちょっとレに近いな、、、」と自分で気づかなくては到底楽器など上達するものではない。



世の中に出れば、そうそう人は正直に言ってはくれない。


これが世の中の厳しいところである。



そうした世の中に成り変わり、「あの、、、実は、月謝を取ってこういうのは何ですが、あなたは、その、、とてつもなく、、、下手だと、、、はい、、思います、、大変、、その、、、申しわけない話しなのですが、、」



と言って上げるのが音楽教師の役目である。



「先生様!オラそんなの嫌だあ、どうしたらいいか教えてけろ!」(一体、どこの言葉だ)


と泣いて頼まれて始めて、


「よし、わしが何とかしちゃるけんのう、とりあえず、薪(まき)を拾ってこい!風呂に入るから。」


、、となるのである。




えっ?先生はどうやって現実を知るのか?



替わりに私の役を一日体験してみればよい。




トマトを投げつけられ自殺するのが落ちである。




世の中は、プロと名乗る者には容赦がないのである。




ミスあらば、斬る!それが嫌なら金返せ!と、付け狙う者ばかりである。




少し、眠らせておくれ。





20:私の教育論2



ある日、いつものようにテレビを見ていた。


ある初老の男が、教育とはまったく無関係の分野であるとされる世界から、とある学校の校長に就任した、というニュースであった。



教育の世界は、まったくの門外漢という。


しかし、その道では、やり手の人格者なのであろう。



教育大改革である。




新任の校長は、校長室を教師を飛び越え一般の生徒が気軽に出入りできるように開放した。

そして、新任の校長は、全教職員に召集をかけて会議を行なおうとした。


何やら、教員側は、新任の校長に不服のようである。


すると、その中の若い教員が、校長に質問した。




「こんなに全員に召集をかけて、今、電話が学校へかかって来たらどうするんですか?」といかにも鋭いやり手ビジネスマンのようにこれを咎(とが)めた。



ビジネスなら新任の校長がその道のベテランである。




新任の校長は、



「そう思うんだったら君は電話番をしにここから出て行きなさい」と言った。


当然の計らいである。



その若い教師は、朝から晩まで学校へかかってくる電話の事しか気にならないようだからである。



この若い教師は、一体、どんな人生を送って来たのだろうか。



多くの社会人にとって「学校」は、遠く過去の思い出である。



皆、それぞれ、長い、長い、学校社会にお別れを告げ、ようやく社会に出る。



そこで、様々に理不尽(りふじん)な、上司からの命令に従い、社会人として再教育を受けていく。



稀に、成り金の一家に生まれ、一生、「社会」というものを経験しないまま働かず暮す子女もいる。



だから、何事も怖いものなし、の主張ができる。




バンドマン社会でもこれは同様だ。



上司と言えば、酒、博打、愛人、***、等などの達人である。



多少、分別があるのなら、そのすべての言動が「変」である事がわかる。



しかし、これに逆らう事はできない。



それがこの社会で生きるための公然の了解である。



夜更かしが嫌いだとか、嫌煙権がどうのこうのと主張でもすれば、とたんに楽屋からも追い出される。

(ヘビー.スモーカーの私はどこでも逆に追い出される)

仕事もなくなる。



規則正しい生活をしていては、人間社会には何の貢献もできない。

そんな事を言っていたら病人も規則正しく時間通り発病しなくてはいけない。




歴史は夜つくられる、と言い残した者もいる。




NHKの番組「プロジェクトX」も深夜、再放送したから見る事ができるようになった。

さて、先の若い教師が、もし普通の会社に就職したなら、まだまだ若手平社員である。



「新社長」に向かってそんな事を言う勇気はない。

「社長、こんな所にみんな集めて、電話でも来たらどうするんですか?」



それは、その時考えればよい。



そんな事よりも全員を集めたい、と思ったのだ。



例え、一人であってもこの学校にかかわる者へは挨拶しておきたかったのだろう。



もし、そうした事で何か、差し障りがあれば、それは、社長の責任である。



教師と言う職業につく者にはとっては、「学校」は一般の過去のものではない。



幼稚園に始り、大学を出てからも、ずっと、ずっと、毎日、「学校」という建物の中に生きているのだ。



たまには、あのなつかしい給食を食べて見たい、今は、何を食べているのだろう、と思うことがある。



しかし、一般の人間には、もうどうする事もできない過去の経験である。



過ぎ去りし、あのなつかしい日々、ああ、学生時代、である。




しかし、彼等は、ずっとあの建物の中に生活しているのだ。



一体、彼等は、何時(いつ)、実社会を知るのだろう?





昔は、公務員と言えば、貧しい、という事が常識であった。



世の中は、もっとロマンがあるものだ、と言うのが常識であった。


もし、彼等にとっての唯一の社会が、学生時代に体験した家庭教師程度だとしたらどうだろう。




彼にとっての社会は、極めて限定された世界の体験を持つ事になる。



彼にとっては、社会は、教わるもの、ではなく教えるもの、である。



つまり、彼は、どこへ行っても「教師」という、指導者としての立場にいるのである。



彼は、部下として、不当な状況にも黙して耐える術を知らないのである。


彼の社会人としての始りは、まず「部下」としての「生徒」の全人格的な教育にある。

彼は、常に、人の上に君臨するという位置から社会を見て来たのである。



しかし、この事を以(もっ)て彼を傲慢(ごうまん)な人間と指摘するのは早計である。




人間形成には、さまざまな環境がかかわってくるからである。



例えば、彼が、学生時代に何か、部活動を通じて上下的な関係の機微を体験していたり、といった要素も彼の人格形成に大きな影響を与える事だろう。



あるいは、両親、友人、等からの影響である。




こうした関係は、彼が、下層の地位に位置する社会人として酷使された事がない、という一方通行的な人生経験を充分に補う程の関係を形成する。



彼は、社会において様々な役割を演じている事になる。



この事により彼は、様々な環境に身を置く人間の機微を知る一人の「大人」となる。



しかし、現状は、どうか?



もし、一切の、そうした経験がない、としたらどうだろう。



彼は、不当に扱われ、下から上を見上げ、怒りを抑圧した経験が、同世代の者と比較しても圧倒的に乏しいのである。



彼は、社会人としての第一歩を「教えるだけの人」として踏み出すのだ。




彼は、微々たる社会経験を経て、大学を卒業と共に教師になり、すぐに彼の部下を持つ。



児童の事である。



彼は、社会人第一日目にして「指導者」としての地位を得る。



その一方で、彼と同世代の、一般の会社を経験した者は、過酷な社会人としての一歩を踏み出している。

会社という組織の中で、彼は、怒鳴られ、酷使され、様々な経験を経て社会というものを知るのである。



私は、思うのである。



教師になれる公務員の上限を40歳くらいにしてはどうか?




『外務省は、40歳で定年だ。大臣より年上はいけません。国のためには、いらん人間関係に振り回されないでよい。

なんで日本国民の代表が、いちいち民間の贅沢老人の御機嫌を取らなくてはいけないのか?これは国の運営である。

日本国という企業の裏口入社もいい所である。

文句があるなら選挙に出ればよい。』




実社会で様々に生き抜いた職歴を持つ者を教員として採用してはどうか?




少なくとも何の武器も持たず児童の護衛を気取るPTAよりは役に立つ。




たぶん彼らには情熱がある。



第二、第三の人生として。




卒業する生徒がどんな人生を送るかも熟知しているはずだ。







以上の主張からは、いかに教師と言う職業が大変なものであるか、あまりにもその実体を知らなすぎである、というヒステリーに満ちた憎悪からの反論も聞えてくる。





まあ、落ち着いて聞いてもらいたい。





私もインチキ教師の端くれである。




あっ、玉子焼きが食べたい。



今、突然思ってしまったのだが、、、続けよう。




習いたくもない者へ無理矢理物事を教える、という事の苦労は、私でも少しは知っている。




私は、オレに文句言う前に親に文句を言え、と即刻退会させる。



これでは教育者としては失格である、と言うかもしれない。



しかし、私は、これも最後の教育だと思っている。



一歩、社会に出れば、物事を習う事は当たり前ではない、と言う事を彼等に伝えなくてはならない。



一体、どこの世界に、物を学ぶ側の御機嫌を取りながら教えてくれる実社会がある、と言うのだろう?



おい、おまえの技をオレに教えてくれ、ほら、金は用意した、と言って生きていける社会は存在しない。



学校社会での体験は、知識の取得を当然な事のように捉えて行く者を大量に製造して来たのである。




と言うような事を言えば、私は、生徒である側にも問題があるが、最大の問題は、教育を行なうための場としての形態にこそあり、という極めて根源的な結論に達してしまう。




ある日、私の友人が、店先に置いてある自動販売機を破壊し万引きする中学生集団の捕獲に成功した。

主犯はそこには不在であった。



そして何をしたかわからぬが、主犯の学校名と名前を聞き出した。


彼は、常習の首領である事から学校へ連絡し、担任の教師を呼び出した。



友人は、これはよほどの注意をしないと直らないから教師も同伴で連れて来てもらいたい、と電話で述べた。



30台風の声をした教師は、自分は、一緒に行けない、こういう事は、警察に連絡してくれ、と返答したという。


担任の教師ですらかかわりあいたくもない世界である。



結局、それぞれの親を呼び出し事情を説明する事となる。



主犯の母親は、朝から晩まで、新聞配達員をして家計を支えていた。



生きて行く事で手一杯だったのである。



よくある話しではある。



最早、学校の教師は、生徒の人格形成には何の関わりあいも示さない。



ぶっちゃけた話し、私が、22,3歳の頃、バイト先で知り合った大学生軍団の中で、「学校教師」を選択する者は、大抵がいいかげんな学生であった。



当然、例外もあるであろう。



しかし、「オレは教師になるんだ!」と熱弁を振うほどの者には出会った事はなかった。



おのれが鍛え直された方がよいのではないか、という者ばかりであった。



「就職は心配ない、一応、教職課程を取ってるからサ」程度の選択である。


学生時代に遊び過ぎて、就職もあぶなくなり、教職課程を選択するものたちである。



これは当時の「教職課程を取る奴」の常識となっていた。



23歳の私は、「あ〜、あんな者がこれから教師になるんだな」と確かにつぶやいた。

今、彼等は、30台の後半から40歳前後である。



再三、念のため述べて置く。



当然、優秀な教師も多々いる。



こうした例は、どちらが特殊な例であるかは統計を取って見なくては一概に言えない問題である。



といいつつ、私は、これを特殊な例だとは思っていない。



あの社会から密閉された空間の中で、社会人となる教師集団の人格形成には指摘した問題が常に存在するのである。



反論があるとしても、それは優秀な教師に取ってはさほど問題はない。



教え子である生徒がわかってくれているから、いちいち私の指摘など無視してかまわないのである。



私達の担任の教師はそんな人間ではありません、と生徒から支持されていればいちいち反論する事もない。



いやあ、すごい教師もいるんだなあ、で終りである。



私の知人に小学6年生の息子を3学期の冬休みから正味2ヶ月の集中した受験勉強により進学高校付属中学へ入学させた父親がいる。


これは異常な事である。


普通、そこの中学へは、大体、4才頃より塾へ通い、受験日までの数年間を日々深夜遅くまで宿題と格闘し受験するのが普通だという。


さして優秀な子でもなかった、と言う。



しかし、この子は、まるまる小学校の6年間を自由に過ごした。

好きなことだけに夢中になり暮したのである。



2ヶ月ほどの(ラスト1ヶ月は学校は休学した)勉強で合格してしまったという。



様々な塾を見学した際、「絶対に私たちの言う通りにして下さい、親御さんは絶対に勉強を見たりしないで下さい、混乱させるだけですから」と塾側は異口(いく)同音に答えた、という。



しかし、そこに何やら不可解な違和感を抱き、自身で教える事にしたのだと言う。



子供は毎回、多くのの疑問を投げかけ、度々(たびたび)、勉強は中断されたのだが、これにじっくりと答えて言ったのだという。



民主主義ってなぜいいのか?戦争はなぜ起こるのか?等々。



まあ、教える方も大してわかっていないはずである。




民主主義と言うものは、多数の人間を救うために少数の人間が犠牲になる事である。




共産主義は、その逆である。




戦争は、物資が閉ざされ、飢餓が来るから起こるのである。




食えている内は、人間は戦わない。




あるいは、頭のおかしい独裁者のプライドのためである。



おそらくこの調子で塾へ行かせてしまっていたらこの子は授業を妨害する質問魔として問題視されていたことだろう、と述べている。



幼年の数年間を塾の宿題に追われて過ごした者と、好きな事に費やしてきた者とではその人格形成は計り知れないものがある。



どちらが正しい選択であったかの結論を出すには人生はまだまだ長い。



しかし単純に予測すれば、その子は、その成立過程から少数派である。



独自のメソッドで合格したのである。



したがい、その子は、どれだけそれが「特殊なケース」であったかを自覚し、それでも「結果」は同じことになった、という事の特異さを知っておいた方がよい。



個性的な子となるか、他の合格した子との毛色の違いに悩むだけの日々を送るかは、自我形成の問題である。



その折衷(せっちゅう)型としての新たなキャラクターを作り上げ、共存を試みるのである。



白鳥の中にアヒルを入れてしまったのか、あるいは「めじろ」の群れに「うぐいす」を放り込んでしまったかは不明である。



放り込んでしまえばやがて「雀(すずめ)」も「メジロ」となろう、と安易に考えていてはとんだ結末を迎えるであろう。


雀と、メジロの合体型としての「すずメジロ」としての位置を確保すればよいのである。


他人とは違ってよいのだ、しかし、共存はしないといけない、とする教育である。

いずれにしても「教育」においては、その教師の力量一つで、洗脳された常識以外にも方法論は様々に存在する、という事を充分に証明するエピソードになっている。


6年間も塾づけにされた者とたったの2ケ月の集中個人レッスンを受けただけの者のゴールが同じである、という事は、異常な事である。



どうでもよい単一のメソッドで、教育という名の元に6年間も営利をむさぼっている、と言われても仕方がない。



これは引き延ばしメソッドである。



ある一律システムの音楽教育メソッドで知られる音楽教室である。



1ケ月で済む事に1年かけるのである。



それほど、しっかりと確かに教えている、という事ではない。



例の少数と分数、どちらが多いか、の法則である。



どちらも無限である。



しかし、一方しか教えないのである。



2,3のキーの曲ばかりを何年も教えるのである。



それも、無限に存在する。



これは、まったく新たなキーを選定し弾かせて見るとわかる。


また、振り出しのように最初から苦労するようにできている。


したがい、一つのキーをそこまでひつこくやる事はない。



3コード程度のハーモニー感しか身につかない「バイエル」というピアノ教本に初心の何年かを過ごす事に同じである。



音楽性の低い教師からは、音楽性の低い生徒しか造られない。



傲慢な教師からは傲慢な生徒である。



こうしたメソッドにより、いくらでも何の役にも立たない長期月謝取りメソッドを作りだす事が可能になるのである。



本来の教育は、教師と生徒の創造的な対峙(たいじ)である。



その教師と過ごす時間が、互いに最も刺激的に対峙する相互的な時間でなくてはならない。



共に、それぞれに課した緊張感を持つ時間である。



これは長期的展望を持つメソッドとは根本的に対極にあるメソッドである。



その一瞬、一瞬の時の中で、怠惰に寝かされた脳を全開にさせるのである。



この時間をつくり出せる者が、優秀な教師なのである。



いわば、生徒は、この時の緊張感に魅せられ結果的に長期になるのである。あるいは生涯教育となるのである。



道場へ通うようなものだ。



私自身は、この緊張感を作り出すためにソロ.ギターによるライブを敢行しているにすぎないのである。



難題もパズルのように多い。



緊張のない所に成長はない。



私は、1セットが終るといつも胃腸薬を服している。



これが一つの修行である証しである。



月に一度、そうした時間を持つ事で私の眠っている脳は、揺り動かされ新たな感覚を手に入れるのである。



私の相手は、観客である。


これがなくては意味がない。


家で一人弾いておればよい。



物事の修行に、一律のメソッドはどこにもない。



中学を出ただけで組長夫人から「弁護士」になった女性もいたではないか。


これも常識破りのメソッドを一人敢行している。



音楽は、一人ではできない。



例え、ソロ演奏であっても観客は必要である。

私自身も実は、「大検」組で、高校生活は4ヶ月程度で卒業した。



以後、16歳から、私の高校、大学は、街の本屋であり図書館でありマンガ喫茶である。




高校中退の方が恰好がよいからあまり公表しないのである。

当時の受験は年に1回で全12ヶ目ほどもあった。

だから、同じくテレビ番組の「がちんこ大検塾」も興味を持って見ることができる。

(これも高校中退の者を集め合宿して年二回になった試験に望むのである。毎回大騒ぎの喧嘩沙汰である)



私は、あんなにいちいち大騒ぎして勉強しなかったが、、。



あの塾長は、後に犯罪者とならなければ正しい。




音楽の勉強に飽きてしまった私は、実は、飲み屋で教科書を開き勉強していたのである。



当時、一番無駄に費やしている時間は何か、と思案したら、飲んでいる時間です、と即座に左脳が返答して来たのだ。



なるほど、オレは、飲んでいる時間を有効に使えばよいのか、と知ったのである。



問題はその先である。



目的よりもやはりその過程を充分に楽しめるかにある。



ミュージシャンとして一流の人はみな楽器を練習する事が好きな人種である。



その結果、気がついたら上手くなっていた、という者ばかりである。



その先が、感覚と才能と哲学の問題なのである。



頭を使うのはそこからである。



いずれにせよ、私は、見よう見真似人間を輩出する沖縄ジャズ界とは無縁である。



さらには沖縄音楽界のバカ騒ぎにも冷淡である。



観光芸とすれば、島民が仕事を終え「エイサー」でも披露し、島唄を唄い歓迎の意を表するだけで充分である。



そして、何ら媚びる事のない本物の情感を唄い上げ自己の芸とする者だけを取り上げるべきである。



まがい物の商品を売り付けるだけが「繁栄」ではない。



それは「野望」であり「陰謀」である。



偽物はいつかはその術も解け、化けの皮を剥がされ、もとの何の変哲もない「葉っぱ」に引き戻されてしまうであろう。



そこには「普遍」がないからである。



ショーパブ、宴会芸を持って土地の音楽とは呼び難し。



既にその音楽成立の必然性はどこにもない。



無理矢理かき集めたがらくた市を「フェスティバル」と呼ぶが如し、である。



子供のカンカラ三味線の方がまだましな教育である。



いずれにせよ、観光芸族とは、無関係な教育法である。



取りあえず、私の役割は、この、人材が皆無な土地に、目利きの利く人間を一人でも多く造ることである。



ちゃんとした教師に、ちゃんとした教育を受ければ、どこに生まれてもちゃんとしたミュージシャンになる、というのに勿体ない話しである。



修行を愛する者の出現を待つのみである。



第二世代はボクシングの世界でもダメなようである。



成功の陰には常に優秀な指導者がいる。



それは10台で構成される沖縄のマーチング.バンドの快挙が証明している。

どうやら新たな世代の資質のようである。



二十歳(はたち)過ぎればただの人、である。



最近、少しだけ笑える地元若手芸人も出て来た。



しかし、その貴重な感覚を一地方の言語で消耗させてはもったいない。



もっと鋭い感覚を有した観客を求めて行かないといけない。



なぜなら、料理の食材があまりにも特殊であるからだ。



鉄は熱い内に打て!



だから、20歳までが、大切なのである。



20歳過ぎたらもうプライドの固まりと化するからである。



それが教師となっては、もう、最悪だ。



無根拠なプライドを叩き壊し、いつでも、一から再び始める事に喜びを見出す事なのだ。



これが本物の修行人である。




勝つ事がないんだから負ける事が商売である。




走っているだけが人生の醍醐味である。




そのゴールも通り過ぎてしまえ!



21:自由を恐れる人々(ジャズとクラシック)



私は、一連の「模倣」にまつわる様々な問題点を取り上げ、これを「変化すべき文化を持つジャズ」に対して適応した場合の様々な弊害(へいがい)を見ている。



主な指摘は、ジャズは、最早、保存すべき無形文化財であるのか?と言う事である。



国内のミュージシャンは、そうした無形文化財の再現者としてのみ、その存在理由を見出せないのであるか、と言う指摘である。




旧ジャズ.ファンのジャズへの要望は、このまま共に年老いて行くための「道連れ」である。



その暗黙のジャズへの想い、は、最早、何事の変化も受け付けない強固な態度である。



ベンチャーズが「ジャンル化」したようにジャズもまた、コルトレーン、マイルス、オスカー.ピーターソン等と「モドキ」を求め続けるのだろうか、という事である。



実際、ジャズ保存協会としての「ジャズ喫茶」においては、旧ジャズのみである。

この傾向は、地方へ行くほどに強い。



そのため、本場のミュージシャンの「代用品」としての国内プロ.ミュージシャンばかりを製造し続けている。

また、一般のジャズファンを優に上回る数のジャズ.ミュージシャン挫折経験者をも大量に輩出してきた。

彼等のジャズ批評の価値判断の基準は、いかに完成度の高い模倣芸であるか、と言う事である。

「おお!まさしくコルトレーン!」「すごい!まるでパット.メセニ−のようだ!」、、と言った具合だ。



これはよく考えると変である。



よその店へ来て、「おお!まさしく本場マックのバーガー味だ!」と誉めているようなものである。



この批評に、店側も御満悦、と言った感じだ。



しかし、店側は、マックの支店だとは名乗らず、あくまでも、自分の店の名前を売りたい、と言うわけだ。



これは、プロと名乗る店側も、それを絶賛するお客さんも双方ともに変である。

お客の中には、かつて、自分も学生時代に「マック」のバ−ガ−味を再現して自分の店を持とう、と夢見た事がある、と言う者もいる。



とりわけ、この連中が、厳しく味の違いをチェックしている。



、、等という世界がまさしく日本におけるジャズの価値判断である。



オレは、マックのバーガーしか食べねえよ、と頑(がん)として他のバーガーへは応じない、というわけだ。



、、といった次第で、日本では、マックのバーガー以外の味が認められない、と続く。



これにより、自分の「耳、舌」で新たな「才能、味覚」を発見することができない種の「通」を大量に造り出してしまったのである。




「チン」して営業する「冷凍食品ファミリー.レストラン」の味を絶賛するようなものだ。




あそこの空港のレストラン、けっこう旨いぜ、という絶賛である。




流行りの店の味を食べてみたら「空港味(あじ)」だった、という顛末である。



どこも同じ、大手「チン」食品サービス、が仕入れ元であるから当たり前である。



ここの喫茶のスパゲティのミート.ソースは旨いんだ、と誉める者はそういない。




聴覚、味覚、の全国一律の均一化がここに完結している。



その聴覚、味覚が、またしても次の世代へと伝えられて行く。



母の味、だ。




私の計算に依ると、16年後の、2017年あたりは、再び、早婚の「顔黒(がんぐろ)ママ」の子孫が高校生として復活するであろうから今から覚悟しておいた方がよいだろう。




できるなら、親の言う事は一切聞かずに反抗して読書好きな不良になってもらいたいものだ。

夜ふかししてNHKのテレビ番組の「プロジェクトX」の再再再再放送でも見てくれたらりっぱな不良である。

何しろ、自分の親の世代ではまったく興味を示さなかった「つまらない番組」となっていたからである。



反抗しまくってほしいものだ、と切に願う。




こうした、味覚、均一化の時代の中、ジャズもまた均一化されて行く。

憧れのまま挫折してしまった、かつてのジャズミュージシャン志望者及批評家連合がてぐすねをひいて新参者を待っている。



自我の自己実現が途中で「停止」してしまったのである。



クラシックファンは、ジャズファンのさらに先を進み、絶滅寸前である。




オペラ声楽は、100年ほど前にすべての感覚の成長が止まり、唯一、増長させて来たものは亡霊となった上流社会の貴婦人のプライドとエリート意識丸出しの怨念のみである。




この怨念を晴らしてくれる新たな人材を求めているのである。



こうした、クラシック、ジャズに共通するのが、創造性の欠如、と前頭葉の退化である。

生まれてから死ぬまで「本物再現」にだけ使用される脳回路である。





ちやほやと手厚い「接待」を受けていた国内のミュージシャンは、本場ミュージシャンの来日とともに一瞬にしてファンの「大陸大移動」が行なわれ、ポツンと取り残される。


それは同情に値はしない。

本場から見れば、彼等は「そっくりさん」として、本物の代用品のスタイルしか持ち合わせていないイエロー.モンキーたちである。

モンキーは、神の真似をする者、という西洋人が「サル」に持つイメージである。

だからモンキ−に例えたのである。



神は、西洋人自身である。

この点での同胞のモンキーの種族間の「差別」はどの世界でも見られるものである。



本場にして見れば、自己の「領分」を守っている内は「可愛がってもよい」、とする程度の持ち上げ方である。



ただし、自分を越えない事、と言う暗黙の了解である。

しかし、ここで国内のミュージシャンは「奮起(ふんき)」するか、と思えば、そうではない。

彼等はいち早く、我こそが日本国内における「筆頭ファン」である、とその立場をいちはやく一般リスナーとして転身させ、その「接待」を買って出る。

元々、そうした本場ミュージシャンのための「模倣大使」的地位で自国に住み着いていたわけである。



その本性を見せたに過ぎない。



本物が帰還すればまた、模倣大使としての仕事も忙しくなる。



また、次なる「模倣大使」をつくるための仕事も増えてくる。

これもまた「宗教的」である。




私の教室では「模倣」を重視しない「創造力開発」のためのあらゆる方法論を実施している。



(あくまでも音楽の分野だけのトレーニングに限る。大金をかけさせて、わけのわからないトレーニングをすることはない。私の創造力は既に音楽の世界で提示されている。ただし、証明はまだである。個々の判断にまかせている。)





そこで、発見した事がある。

私には、これは、最早(もはや)、「病理」と呼べるものである、という結論に達した人種が存在する。



私の中では、「創造」は特別、困難なものではない。

あたりまえの行動である。

なぜなら、明日の事もわからないからである。



しかし、どうしても「模倣以外にできない人々」が、逃げ出した生徒の中に少なからず見られたのである。




彼、彼女等には、「創造」するということが苦痛以外の何ものでもないのである。



最初、出会った時は、信じられなかった。

ある生徒は、かなりのロック.バンドを昔は、コピーして来たという。



中年期に入り、もう一度、ギターを弾いて見たい、と言って入会して来た。



アマチャア−のフュージョン.コピー.バンドを結成していて、自分はサイド.ギターを担当している、と言う。




自分もアドリブをして見たい、と言うのだ。




私は、アドリブと言うのはまったく未経験なのですか?と訊(き)いた。



するとエリック.クラプトンのアドリブなら大抵コピーした、というのである。



ならアドリブできるでしょう?と私は言い、簡単な、コードで伴奏してあげた。



「何でもよいからアドリブして見て下さい」と私は伴奏しながらアドリブを促(そく)した。

すると何か2、3音弾き出したかと思いきや急に演奏をやめてしまった。

それからは、いっこうに弾き出そうとしない。



戸塚ヨット.スクールの方がスパルタ式で彼にはよいかもしれない、と私は思った。



「やれやれ、またしても励(はげ)ましながらの幼児教育メソッドか」と私はうんざりした。


私も伴奏を止め、「どうして弾かないのか?」と尋(たず)ねて見た。

彼は、人前でおめおめと自分の下手くそなアドリブを披露したくない、と言った。



人前、と言っても私しか彼の前にはいない。


私は、一応、講師であり、あなたのアドリブの実力を見てみなくては何とも言えない、また、私に見てもらい、悪い所を指摘された方がよいのではないか?私があなたを上手いと思うわけはどうせないのだから、



と私は言った。


彼は、お願いですからフレーズを作って下さい、それを一所懸命、練習しますから、と言った。



私は、フレーズのコピーなら充分やってきたのでしょ?自分で自由にアドリブしたいから習いに来たのでしょう?と返した。

彼は、それでも絶対に簡単な伴奏に合わせてアドリブをしようとはしなかった。



フレーズを作って練習させると、そのフレーズ以外は一切弾かなかった。


これは最早、アドリブのトレーニングではない。



ジャズのクラシック化である。



暗記したものを弾くだけの「練習」である。



この手の、クラシック演奏家のジャズ演奏はかなりある。


ほとんど、と言ってもよい。



最初からアドリブフレーズは作成され、譜面化されたものを暗譜して録音しているのだ。



私自身も、ある地元のアルト.サックス奏者の「トゥバラーマ」と言う名のCDで、ジャズで沖縄民謡を吹きたい、というこのバンドマンのためにすべてのアドリブフレーズを作成して吹かせている。


俗に、「書き譜」と言うアドリブだ。

即興性はゼロである。



それでも、自分でアドリブしているんだ、と言う風に世間にアピールしてジャズ.ミュージシャンである事を誇示したいのである。



見分ける方法は、生演奏が、CDのアドリブと全く同じである、という点である。



もし、多少違っていたとしてもバリエーションではない。


演奏者がまちがってしまっただけである。



一流のプロのミュージシャンなら、それが即興であるか「書き譜」であるかは、大体、発見できる。



役者の台詞(せりふ)が、アドリブであったのか即興であったのかの判別と同じである。



したがい、あまりにも無駄がなく完璧であるフレーズのオンパレードにはその要素が強い。



ここで、ひとつ、指摘して置きたい。



これは、あるクラシックのアマチュア−声楽家の言った事である。

教室をやってはいるがアマチャアーはアマチャアーである。



私が、ピアノが病気のため、急遽(きゅうきょ)替わりのピアノを見つけなくてはいけなくなった時、たまたま、会話した時のものである。



クラシック.ピアノの上手い人ならジャズなんか簡単に弾くんだけど、、誰かいたかしら、、、」



と言ったのである。



相手は、音大を出ただけのプロ生活未経験のアマチャア−である。


これは、調理士学校を出ただけの素人料理人と同じ程度である。


本人だけが「プロ」だと思っているだけである。



本物のプロ料理人になるには、それから何年も要するのである。



こうした料理の世界では、誰しも、納得してくれるのだが、いざ音楽となると音大出身と言うだけですべての資格を得た、と思っているのである。



これは、認識を改めてもらいたい。


音大を出たくらいではプロは勤まらない。


それは単なる出発点である。


彼、彼女等は、そこから長年に渡っての地獄の修行を経てようやく一人前のプロの演奏家になるのである。



英文科を出たからと、いきなり海外勤務ができるほどの語学力を有している者があなたの回りにいたか?



大概、普通、全く無関係な職業に就(つ)いて「文学」の欠片(かけら)もない、日々を過ごす者ばかりではないか?



医大を出たら、りっぱな医者か?



そんなわけはあるまい。四択の試験を塗りつぶしただけでの合格である。



これから、実地が始るのである。



先のクラシック.ピアノ万能主義に話しを戻せば、これは自身が、音大のピアノ科出身の者は、到底、そう考えてはいない。


皆んな、実際、己の実力、能力の限界をよく知って卒業しているから、「ジャズは簡単に弾ける」とは誰も思っていない。


むしろ、暴露すれば、クラシックとジャズは、その根本のリズムにおいて全く異質である。



ジャズで要求されるリズムは、他のロック、ポピュラー同様、一定のテンポにしたがい、どれだけのリズムを作り出せるか、にある。



この点において、クラシックのみをやって来た者は、総じて一般的には、大変な「リズム音痴族」なのである。


クラシック.ミュージックの演奏は、まず、そのテンポが一定ではない。



時には、速く、また、しだいに遅く、と緩急(かんきゅう)に絶え間がない。



彼らの長けたものは、そのダイナミック.レンジ(音量の上限下限)なのだ。



微かに聞こえる程度の音量から、はげしい生命感を表した大音量の幅である。



これは、ジャズ演奏家にない世界である。

なぜなら、それほど微かな音は、ドラムやベースの一定の音量の中に埋没し、無意味な表現法となるからだ。

まわりが、いくら音量を押さえてもたかが知れている。

そして、これが最大で唯一の問題なのであるが、クラシック.ピアノのみをやって来た者は、前頭葉が確実に退化しているため、「自由な演奏」を要求された場合、大概がノイローゼ状態に落ち入る。



後のホローが大変である。



生まれてから一度も自由に弾いてよい、などと言われた事がないからである。



よく、定年になった公務員、会社人間が鬱(うつ)病になるのは、この自由を与えられたからである。



彼等は、与えられた仕事でないと何をしてよいのかわからなくなり不安になるからである。



生まれてこのかた、学校、会社、職場と言ったレールの上に毎日を送って来たのである。

そのレールの上を必死に歩き続けた者へ、定年となったから、と言って「明日から自由に生きてくれ」と言ってみてもどうしょうもない。


遊びも知らない、のである。


「仕事」と言う生きがいも奪われた。



これと同じ心理状態が、クラシック演奏家に「自由に弾いてよい」と言った時起こるのである。



さらに、ジャズは複雑なコード進行を持ち、小節毎にキーが目まぐるしく変化する曲もある。



彼らに待っているのは、ノイローゼからの自殺である。

こうした実体を、声楽家と言う、器楽(楽器の音楽)の世界が全く門外漢の「音楽家」が、いとも簡単に信仰し「クラシック至上主義」と唱えているのが現状である。



ピアノ科を出た者が回りに存在するのなら聞いて見たらよい。

彼、彼女等は、正直に白状するだろう。

しない者は、おだててジャズ演奏でも要求してノイローゼに落とし入れてしまえばよい。



その責任は持てないが、、、。



とは言え、いいかげんに演奏しているインチキ.ジャズ.ミュージシャンのプロもゴマンと存在する。


あれを見れば、ジャズは簡単だ、と誰しも思う事は確かである。



いずれにせよ、こうしたすべての音楽の垣根を築いている元凶は、「クラシック音大の声楽家出身者」である。



しかし、ここで、クラシック派のために弁護しよう。



私自身もクラシックギターの修行に一時期は身を置いた者である。



もし、あなたの回りでクラシックもジャズも関係ない、と演奏する者がいたら、それは特殊な例である。



彼、彼女等(ら)は、回りのクラシック仲間とは一線を画し、それぞれにトレーニングを積んだ、という者である。

また、彼、彼女等が、近代のバルトーク、ストラビンスキー、メシアン、武満徹と言った作曲家を愛している者であるとしたら、彼等は、それを音大と言う4年間では一切学んでいないのである。



近代に入る以前に、彼等は、バッハ、モーツアルト、ベートーベンで「卒業」である。



したがい、彼、彼女等の中には、近代のハーモニーを異常に嫌悪する生理を持ってしまった哀れな体質の者もいる。


近代のハーモニーで構成されたジャズの和音は、最も嫌悪の対象である。


これは、実際、声楽の音大出の中では多数派である。



哀れな音楽家集団である。



彼、彼女らは、18世紀、19世紀の人間の亡霊なのである。


感覚のすべてがそうした時代の嗜好(しこう)へと洗脳されたからである。



その「終点」が音大という「強制病棟」の4年間である。



彼、彼女等は、またしても自分と同様の患者を作る使命の下、各地に派遣されて行くのである。



そして、またしても、3つほどしかない「バイエル」という貧しいハーモニー感に「裏打ちされた」ピアノ教本によっていたいけな子供を調教し、彼、彼女等の住む、太古の世界の住人として飼い馴らして行くのである。



この輪廻(りんね)に解脱(げだつ)はあるか?



坂本龍一氏は、近代にくわしいではないか?と言う者もあろう。

しかし氏は、作曲家である。

さらに、近代の音楽は、すべて彼等は独学で研究してきたにすぎないのだ。

学校では教えてはいないのである。

自分で、様々なジャンルの音楽にそれぞれ接近し身につけているのである。

実際、オペラは太ったおば様たちの色恋沙汰と斬り捨てた。



この発言の何十年も前から、クラシックから他のジャンルへ進んだ坂本氏を嫌う、声楽家の音大生は数え切れないほどであった。例外を見つける方が大変である。



恐らく、死活問題として、声楽家の教師連合が非難し、洗脳し続けているのだろう。



しかし、ここで彼の弁護をすれば、オペラが嫌い、と公言する作曲家は彼だけではない。



ぶっちゃけた話し、オペラを書いていない作曲家は皆んなオペラが嫌い、なのである。

この点で、日本発のオペラを、と提唱し「夕鶴」を作曲した團(だん)伊玖磨(いくま)氏(故、2001年没)の活動は、そうしたポルノまがいの内実しかないオペラ界の真の「芸術化」を目した物であった。



基本的に、その活動の方向が他の声楽界と一線を画していたのである。

有閑(ゆうかん)マダムの嗜好(しこう)に迎合(げいごう)した「ポルノ話し」から、「民話」へとその内容も芸術への「昇華(しょうか)」を試みた。


以上の事は、そろそろ一般の人間も理解すべき時である。


時は、21世紀である。


こうした点から、先の声楽家の「クラシックピアノが弾ける者は、ジャズなんか簡単にできるのに、、」と言う発言が、いかに無知と教養と思考の欠如(けつじょ)からの発言であるか、という事が理解できるであろう。

しかし、この発言は、今も絶える事なく、彼、彼女等の「教育」によって口伝(くでん)され続けている。



念のため述べておくと、声楽家として、一流である者には、そうした偏見は一切ない。


問題は、クラシック.ミュージックを生半可に齧(かじ)った程度の末端の音大出身者連合の知能である。

したがい、そうした偏見に満ちた傲慢なクラシック至上主義なバカ教師に出会った者は、既に、十台と言う若さではあるが取りあえず合掌しておく。




私は、無理矢理チケットを販売されてもその「学芸会」は、鑑賞しない事にしている。



声楽家出身者は、もう少し、料理にでも興味を持って創造脳を鍛えてはどうか?




実体は、その逆の怠惰な者ばかりである。



何百年も前の偏った音楽知識のみで、エリート意識だけを増長させ現代と言う時代に寄生している亡霊である。



私は、ちっとも言い過ぎだと思わない。




なぜなら、彼、彼女等によって現代への批判に同調させられた次世代の若者が不幸である。



現代にオペラを復活させるべき不屈の哲学を所有しているのだろうか?



世の中が悪いから何千万、何億、とかけたオペラが上演できないのであろうか?



その存在理由に何ら思考の葛藤もない者ばかりである。




言いっぱなしでは、哀れであろうから私見を加える。



もう少し、様々な本でも読んで頭に刺激を送った方がよい。



教養の対象となる芸術に関わっているから、と言って自身が「教養人」と言う事は自明ではない。



そんな簡単な事があるものか。



単なるオペラバカである。



しかも、その生涯の関心事は、「声の出し方」のみである。


会話などできるものではない。



それから、もっとましな内容を持った音楽をやってみてはどうか。



プライドを叩き壊し、最もオペラが嫌い、と言う種類の優秀な作曲家に頭を下げ「革命的オペラ」を書いてもらい、それを上演した見てはどうか。



観客層の、貴婦人願望の強い有閑マダム層を無視してである。



それらスポンサーは裏切れないか?



しかし、これ以外に生き残る道はないように思えるが、どうか。



この私の主張にヒステリーを起こして反論して見てもいずれ絶滅を待つだけである。



声楽のプロであるなら、あらゆる歌唱法を身に付け、無差別ジャンルの世界のドラマを構築して見せてはどうか。



最早、一地方(イタリア)に生まれた、何とも脆(もろ)い純潔芸の類(たぐい)でしかない。

どうせ、世界最高のオペラ歌手は、イタリア人で、独学で、音大を出ていないのだから。




琉球民謡の歌手も、芸術大学など出ていない。




また、遠回りしてしまった。



私の生徒の事である。




私の前で絶対にアドリブを披露しない生徒たちである。



聞けば、自分の耳では自分のアドリブは聴くに耐えないのだ、という。


私の幼児教育が始まった。


一体、彼はなぜ、私の前ですらアドリブをして見せようとしないのか。


私は、毎回、彼が来る度にその任が重かった。


どうしたら人参(にんじん)を食べてくれるだろう、と日々思案する主婦のようであった。


結局、彼は、やはり挫折する99パーセントを占める生徒同様、予約した当日、来るべき時間に突然、電話がかかり、「自分には無理です、では、これで」と一方的に喋り電話を切り退会して行った。

必ず、授業当日に退会を思いつくのである。


いつでもそうやって逃げ出して来た人生である。

計画性のある行動は何も達成できなかった人生である。


私は、本当は理由を知っている。




彼らがなぜアドリブができないか、である。



これは、日本人がなぜ英語ができないか、という問題と全く同じ永遠の病理なのだ。



彼らもテキストの暗記ならいくらでもやって見せるらしい。


しかし、自由な会話は一切拒否する、という。

例え、何十冊のテキストを暗唱して見せても、である。

そして、彼らは、他人がたどたどしく自分の言葉で話しているのを見て、痛烈に批判する。


「何てえ発音の悪さだ、今の台詞(せりふ)は、文法もおかしい」と彼らは、誰かが懸命に英語を使ってでもいたらその批評は、辛辣(しんらつ)だ。



彼等自身が、人前で英語を披露する時は、自身が「完璧」になってからなのだ。



フルートを習っている、という子供がいた。



彼はひと通りの練習曲を吹いて披露した。私は、ハ長調の音階を吹いてごらん、と言った。彼は、さっと吹いて見せた。


そして私は、ピアノでスローなテンポの簡単な伴奏をしながら、その音階で好きなようにこの伴奏に合わせて吹いてごらん、と言った。


彼は、しばらく伴奏を聴いていた。


そして、どうしてよいかわからず泣きながら母親の方へ駆け出して行った。


既に、その病理は、こんな子共ですらも抱(かか)えているのである。


たぶん、親から譲り受けたのだろう。



この「アドリブができない」という病理を持った人種は総じて「真面目(まじめ)」である。




与えられた課題はちゃんとやって来る。

つまり、そこに何ら、創造的な内容を伴わない、ただ詰め込むだけの課題は得意なのである。


しかし、これがいったん「好きなように弾いてごらん」といった事を課題にすると、彼らはほぼノイローゼ状態に陥(おちい)るのである。


彼らは好き嫌いが大変はげしい。

あるいは得手(えて)、不得手(ふえて)、と言ってもよい。


中には、他人の音楽演奏を辛(しん)らつな調子で批判する者もいる。

まるでどっかのジャズ喫茶の親爺(おやじ)のような気質である。


「あれはジャズじゃねえ」である。



創造力を必要としない職種とは何だろう?と考えてみる。



するとやっぱり、彼らに共通する職種が見えてくるのである。

つまりマニュアル通り毎日、同じことを繰り返していればよい職種である。

それは、やっぱり受験教育にたっぷりと洗脳されて育った環境である。


真面目であればあるほど、彼らは与えられた「コツコツ」とした仕事しかやれなくなっている。

すべての道には「レール」が敷かれていると思っている。


「これさえ暗記すれば」式の参考書がどんなことをやるにも必ず存在するのだ、と信じて疑わない。

彼等(ら)は自由に遊ぶこともできない。



遊びは必ずルールを覚えマニュアルに従ってするものでしかない。

遊びを創造することができないのである。



幼い頃、空に浮ぶ雲を何時間も寝そべって眺(なが)めていたことはないのだろうか?

いつも俯(うつむ)きかげんで家路を急いだのだろうか?



日本人はロボットのように与えられた仕事を流れ作業のように決まった時間にこなす事に適した「生き物」に教育された。

そうしたことを「労働」と呼ぶように信仰した。


不都合に出会ってもそれを「改良」することに敏速に対応できない。

もし、そんな能力を開発してしまえばとても勤まらない社会を作り上げた。


「ここをこうすればよいのに」「あれがここにあるといいのに」と思えることでも誰も何も気づかず、当然のように従ってしまう。




田舎(いなか)に住む、婆(ばあ)さんがいた。

彼女の家から100メートルほど歩いた所へバスの停留所を示す目印のスタンドがあった。


彼女は、一日1メートルづつ人知れずそのスタンドを自分の家へ移動させ、ついにはバスを乗るのに歩かなくてもよいようにした。



子供の頃、私の田舎で聞いた話しで、その婆さんが誰なのかも島民は知っていた。


彼女は、自分の環境を、「創造力?」で変えて言ったのである。誰も思い付かなかった。

(たぶん、若い頃は、畦道(あぜみち)を少しづつ削り、田畑を拡張して行ったのだろう)



アドリブすることに恐怖を覚える彼らは、他人を模倣することでしか人生に安堵(あんど)しない。



みんなと同じでない自分に不安を感じるのである。



ゴールデン.ウィークだ、と、結局、皆が向かう所でなくては安心できない。




どうせディズニ−.ランドへ連れて行っても大人になれば、人殺しや、犯罪を犯す子も現れるだろう。



となれば、こうした事が何の「教育」にもなっていない事は自明である。



ディズニーランドへ連れて行かれた子は殺人を犯さない、という事が証明されれば別である。



私は、子供の頃に空に瞬(またた)く花火を見た記憶がない。




30歳を過ぎて、わあ、何て綺麗(きれい)なものだろう、と思ったのである。



父親が人ごみが嫌いだった事が最近判明した。




こうした、他人と同じ嗜好を持たなくては、と幼い頃より調教された彼等には、自流の過ごし方がない。




しかし、なぜか彼等は人前では演奏したがるのである。


それが、単に模倣だけの、ただ忠実な再現の役割となると、そこへ向けて努力することが唯一の人生の楽しみなのである。


彼等(ら)には、生れながらに自分がないのである。



主張はテレビや新聞で言っていることのみを繰り返せばよい。


そういう風に育てられたのである。



あるいは育ったのである。


これは、「完璧主義」という病理である。



完璧でないなら、いらない、のである。



日本人の子供が駄々をこねる時は、その動物的習性に支配されている。


毎度、大学の新入生歓迎式で急性アル中で死亡する例である。



決まって今度は「禁酒」運動が起こる。



極端から極端へ、である。




彼らには「中道(ちゅうどう)」と言うものがない。



中道であるくらいなら、いらない、のである。




私は、何でも、全くないよりは、少しでもあった方がよい。


(いちいち、この発言が無効となる文脈を考えて見なくてもよい。有効になる文脈だけを愛を持って考えてもらいたいものだ。)


不完全なアドリブを曝(さら)け出して生きるくらいなら、誰かの完璧なコピーをして、その、既に評価済みの手順による権威あるソロを披露(ひろう)して他人から「絶賛」されたいのである。

完璧な英語を喋(しゃべ)れるようになるまでは絶対に目の前に外人が現れても「オレは逃げる」という立場を死守(ししゅ)する者たちである。

だから当然に彼らは生涯において、マニュアルのない技術を身につけることがない。



そのまま死んで行く。



完璧主義者には病理がある。



人に嫌われるのが怖い、という病理である。



10人のうち6人に好かれていればよい、というものを残りの4人が気になってしょうがないのである。



自分を批判する4人が怖いのである。



その4人のために人生を生きるのである。

人は、不完全な自分を曝(さら)け出して生きている。そうして少しづつ「完全」に歩み寄って行く。



何度も負けて、強くなる。



負けても明日からまた立ち上がれる図太さを持つのである。

他人が、そう見えないのは、立ち上がれない者の「投影(とうえい)」である。

自分がそうだから人も、というわけだ。




自分が、この10年成長しなかったから、他人もそうだ、と言う先入観である。



10年前の月曜日と10年後の火曜日が繋(つな)がっているのだ。



「やあ、久しぶり」


「何だ、おめえか、この、この、この〜、それカンチョーも食らえ!ワッハッハッハッハ」



「、、、、、。」



と言った調子である。



まったく接点のない臆病者の人生である。



「自分と同じ」と思われても何を言ったらよいか返答に窮(きゅう)してしまう。

何かを始めれば、負けることも、恥じをかくことも、批判されるのも、無視されることも当たり前である。

最所から水戸黄門やスーパー.マンで生まれるてくる者とは違う「出」である。



才能なんか元々、持って生まれては来ないのが普通である。

だから、負けることを知り、闘い続ける者は、みんな「権威」が嫌いなのである。



そんな簡単な人生は卑怯(ひきょう)ではないか、と思うからである。


だから世襲(せしゅう)される独裁者も嫌いなのである。



結局、彼らは、常に、権威を後ろ楯(だて、たて)に、人生に何の闘いも挑(いど)まず、他人を模倣することにだけ生涯を費やし、自分の子孫にのみ、その威厳(いげん)を示し、誰にも何の影響力を与えることもなく人畜(じんちく)無害に終えていくのである。



私は、この生き方を批判しているのではない。



もはや手遅れなほどの病理であるからだ。

彼等は彼等だけの人生をその「模倣趣味」「憧(あこが)れ」だけで終えて行けば何の問題もない。




ひとりの人間のささやかな人生の完結である。





私の母も「カチャーシー」という沖縄伝統の庶民の即興踊りをカルチャー.センターに通い踊っている。



悩みは、踊りの先生に習った通りの振り付けしかできないことだ、と言う。



若い頃遊びに興(きょう)じた者たちは、自由な振り付けをそれに加え、まわりから笑いを引き出すのだ、という。



父はそれを聞いて、こんなんはどうだ、ほれ、ほれ、とわけの分からない踊りを披露して見せる。



母はそれを見て大笑いする。

私は、黙って新聞を見ている。




頭の中は、この典型的な2種類の生き物の行動の起源をテツガクしている。




元公務員、小学校の教師であった女と、尋常高等小学校を出てから車の部品を集め見よう見まねで車を組み立て土木業を始めた男のことをである。



私は、居ても立ってもいられず、「ちがう!オレだったらこうだ!」と言って踊り出す。







バカ一家である。


閑話休題:



アドリブができない人種がいる。




私は、この病理は大変深い問題だと思っている。




治療法は、今の所ない。

文化の問題を幼児教育に置くことは簡単だ。




しかし、そこには教師の「質」も問われる。




その成立過程の多様性もこれからは要求される。



問題は、そんなことではない。



問題は、既に、大人となりながらも、文盲(もんもう)のように一切の本も読まず、まともな手紙も書けず、歴史のことも、政治の事も一切知らず、ただ、目先の金ばかりを追っかけながら、次の世代を作っていく大人たちのことなのである。



なぜなら、この中から「ジャズ」を好きになる子は、到底(とうてい)、現れる事はない、ということだけがわかっているからである。

相手が変らないならジャズを変える、のである。



ジャズは、落語にはなれない。



なぜなら、ジャズもまたひとつの言語であるからだ。




言語は変るものであるからだ。




既に、存在し生きている「大人」たちに対して、どうやって物事を伝えればよいのだろう。



「教育」の問題を幼児に置くことは誰にもできる。


しかし、親には置く事がない。


それは、既に現存する彼ら彼女らとの関係の放棄でしかない。


お願いだからプライドを捨て、恥じをもっとかいて、カッコ悪い生き方を実践してみてはどうか、としか今の所言い様がない。



プライドを捨て切れなかったら、もっとチャレンジしなさい、プライドがある人間では到底できないことへチャレンジして見たらよい、とも言える。


一生、何も思い付かなかったら裸で街中でも走って見たらよい。

少しは人生がドキドキするものだとわかる。



バイクを仲間で走らせることしか思い付かなかったら、みんなで右翼団体の本部でも、やくざの事務所の前にでも行って走って見るとよい。



後は知らない。



今までひとりもいないからたぶん歴史に残る。



だって公道を走っても何もびびらないならそれしかないんじゃないか?



スリルを求めているというからである。

相手が攻撃してこないとわかっていながら「根性」を見せるのはちょっと卑怯である。

胆(きも)だめしするなら、そう言うことやれば新聞もわけわからずその勇気を讃える。


もっと自分が小さく見える世界へ飛び込んで行くことじゃないか、と思うのである。

そういうチャレンジャーに向って「プライドが高い」という者は、単に、「プライド」の意味がわかっていないだけだと言える。


本当にプライドが高い者は、ちっぽけな世界に君臨し「権威」となって安住している者の事だ。

そんな奴は、どこの世界にでもごろごろしているのである。

「誇り高き男」たちは常に闘っているのである。

自分よりももっと強くて大きな存在へ向って。



恐れるものへ向っていくことを「闘い」と言う。



そしてそれは、一つの道を切り開くことでなくてはいけない。


気にいらない人間と、いちいち戦ってみても、世界には60億以上の人間がいる。

どこでも、開拓すれば嫌な奴はいる。


知らないと言うならそうした奴等がたむろする場所を教えて上げてもよい。


しかし、60億回の戦いはできない。


3人目くらいであの世に行ってしまうかもしれない。


戦う理由が、自分のためだけであったとしたら、それはたぶんまちがった戦いである、と思う。


少なくとも、国のために戦った者はいない、と思う。


あんな奴もこんな奴もいる自国のために戦うもんか。

みんな家族のために闘ったのだと思う。



守りたいものがあったから闘ったのだと思う。


夢を持ったら無駄な闘いはやめた方がよい、と思う。


闘う相手は何時だって強くなければカッコ悪いと思う。


そう思った時、人はいつでも力をつけるためにどんなことでも耐えられるのだと思う。

たかが音楽の世界の「アドリブ」である。


生命を危険に晒(さら)すほどの「修行」ではない。


人生は、一日も早く、自分が「凡人」である、と言うことに気づいた者が勝ちである。


だから修行するしかないのである。



一流の人は、そのことに母の胎内に暮す時から既に気づき、悲歎(ひたん)にくれ、泣きながらこの世に引きづり出されてくる。


三流の人は、死ぬ時にやっとその事に気づき、悲しみに満ちてこの世に別れを告げるのである。



生きているうちにそのことを教えてあげたいと思う。


すると、みんな耳を塞(ふさ)ぎながら、全速力で逃げ出して行ってしまうのである。




「待ちなさい!君もオレと同じ天才ではないんだよお〜、だからちゃんと修行しなくちゃダメなんだよお〜」



「お〜い」






「お〜い」






「人生は、すぐに終っちまうんだぞぉ〜」










「そんなプライド高くしちゃダメなんだってばあ〜」






「お〜い、ってばあ、、、、」










「、、、、、、、、、。」















別に、追っかけてまで言う事もないなあ。



22:挫折する生徒たち その2(完結)


さて、なぜ、私が彼ら生徒のことを書いたか、と言えば、彼らを知っているのは私だけである。


目撃者は、誰もいない。


こういう事を一人黙っていては身体に悪い。

その中から、恐らく、生きている内には、到底、そのレベルにも達しなかったであろう、と言う事もわからず、私に「洗脳」された、と言い出す者も現れる始末である。



私は、楽器も一切弾く気もない、リズム感もトレーニングする事もできない者へいきなり「アレンジ作編曲」を教える事を拒否している。




どうせ大した事はできない者ばかりである。


ならば、これ以上、口先ばかりの種族を増やしてもしょうがない。



サッカーはやった事はないが監督にはなりたい、と言うような者ばかりだ。



アメリカでは野球の監督業も選手とは別の「実績」の積み重ねで這い上がって行くシステムらしいが、それにしても野球をやった事もない監督などいるまい。


ここにはいるのである。



自分がどれほどのレベルかもわからずにアレンジがどうのこうの、と口を出してくる素人集団である。




必ず何か一言口を挟まなければ気が済まない田舎の広告代理店のようなものだ。




「う〜ん、そこの音、ちょっと外れてるんだよねえ」




と全く音楽知識のない者が、「いとうせいこう風」な髪型で発言してくるのだ。


結局、これは、9th と呼ばれる、コードの中の音をちょっと離れた、ボサノバの曲等では頻繁(ひんぱん)に現れる音使いだった。




こういった指摘は、この地方のスタジオのオーナーにも多い。



彼等に共通しているのは、ほとんどのミュージシャンの名前を言えない。




神として君臨するなら様々なジャンルから100人ばかりを列挙し、その一番気に言っているアルバムくらいは言えないと変だ。



これは、音楽に口出しする限りは、当たり前の「教養」である。



まったく読書リストを上げられない者が、「うん、ちょっとここの文章、ぼくのセンスに合わないなあ」と寸評するようなものだ。




一切、耳を傾ける必要はない。




しかし、実体は、彼等がすべての権限を握っている。




金に委(まか)せて録音機材でも揃えれば、もう今日から「音楽の神」である。



昨日までは、働かないバカ息子丸出しで過ごして来た者ばかりである。



まあ、財産家でないとこうした道楽スタジオはできるものではない。



コマーシャル制作の場では広告代理店の社員と言うのは、まるで官僚のように絶対権力を持っている。



逆らえば、アレンジャーを変えるだけである。


しかし、こうした三流の広告マンは音楽的なセンスはゼロである。


本当の良さは理解できないまま、一流の口癖を真似ているのだろう。



彼等を試す方法は、簡単だ。




様々なジャンルのアーテイストのおすすめを尋ねてみればよい。



感性豊かなはずであるからきっとあらゆるジャンルでセンスの良さを示すであろう。




実体は、誰も名前を知らないから途中で話すのもうっとおしくなってくる。



色々質問して、どれくらい知ったかぶりするかその演技力を試して見るとよい。




彼等は、上手い具合に話題を変えるであろう。




いくら何でもこれを知らないとは、とすぐに正体は判明するだろう。




一応、これは、広告屋としては当然の「教養」である。




ボサノバと聞いて、まさかアストラッド.ジルベルトを知らない者はいまい。




一応、私の出会ったスタジオのオーナー系ミキサーは、ほとんど知らない者ばかりであった。



なら彼等には、ボサノバを録音する能力はない。




この調子で探っていくとほとんどの者がただの素人である事が判明する。




アメリカの野球選手の名前を言えない評論家はいまい。




日本人選手の中にもいない。




これと似たような世界である。


一流広告マンの感覚とは天地(てんち)の開きがある。




最近は、ノイズ.ミュージックがテレビのコマーシャルにも出現している。

ずいぶんと時間が経ったものだ。




私の第4集の「ノイズ.インプロヴィゼイション」からは、14年くらい経っている。




ノイズの存在を知ってからは、25年くらい経っている。




三流の広告屋では何が起こっているのかも理解できないであろう。



今度は、ノイズまで口を出してくるのであろうか。



三流は、楽である。



何でも一流の追従すればよい。




創造脳はいらない。




後は芸術家を気取る演技力だけである。



彼等くらいのバカであれば、その活躍は、勤務時間内では納まるまい。

恐らく、インターネット上でも数々の恥ずかしい日記を公開しているのではないか?


調べてはいないが。

こうした風潮の中、「アレンジだけを習いたい」と申し出て来る者も 総じて、実力のわりにはプライド高く、他への批評が辛辣(しんらつ)である所が特徴である。



たまったものではない。

口先系であるから、そのまま楽器挫折系の評論家としてもアルバイトできる。



話しだけを聞いていれば、達人のようにも思える。

サイトだけを見ればいっぱしのミュージシャン系のアレである。


元来、インターネットは、バーチャルな空間である。


したがい、その「門構え」は、いくらでも工夫が利く。


資本はいらない。


バーチャルであるから世界的な会社であろうと個人の部屋からの発信であろうと外見は何ら変りない。



豪華高級店の門構えに怖る怖る入って見たら、あら?、備品が何だかインチキくさい、という感じである。



壁一面に展示されている額縁入りの賞状群も何やらあやしげだ。


「何でも出しゃ〜がって」と思わずつぶやく。



備え付けの展示台へ所狭しと並べられた「私の感性」と題された展示品も目的不明だ。




時折、私の前で、挫折した生徒でライブ活動をしている者の話題を出す者がいたりする。



しょうがない。



彼等には、私とそうした生徒の関係は一切わからない。



私一人が、黙っていれば彼等は遠目には普通のファン獲得に熱心な腰の低い男たちである。



いちいち一人一人に被害を語るのも億劫(おっくう)であり、第一「下品」である。



彼等初心の生徒が目利きの利く聴き手となるには、これから大量の情報に接しなくてはならない。



最低3年はかかるであろう。



しかし、彼等初心の生徒の中には、文字を読む事が苦手な者も多い。



ようやく学校教育から抜け出し、文字から解放されて来たのである。



元々、親の言いなりで無理矢理勉強して来ただけだ。



その後は、機械操作のマニュアル書程度である。



仕事上の書類で手一杯ある。




知事になったら睡眠時間はなくなるかな、と思ったら、毎日7時間は寝てます、と言う「サミット接待知事」のようなものである。


さすがに県民を代表している。



既に、森羅万象の知識を所有しているから、「はあはあはあ、ほ〜ほ〜ほ〜、ではお願いします」と言っていればよい。



まあ、元々、人畜無害だからこそ財界からかつぎ出されたのだからこれでよい。



足早に、クリントンの歩幅に付いていけば一応の観光ガイドの任は果している。



普通は、主人に来賓(らいひん)者が合わせる事が習わしである。



「 弱虫だ!」となじられば、プイっと席を立てばよい。



絶好のデイベートの機会をまたしても逃してしまった。



テレビ.キャスターの言うようにすべては「好都合」なのだ。



交渉とはそういうものではないか。



ただ、テレビでなく飲み屋で言えばよかっただけである。



「まあ、その変りと言っちゃあ何だがなあ、、」といくらでも無理難題は押し付けられる。

わざわざアメリカ旅行を任期中にやる事もない。

”ブッシュ閣下、例の「ひょっこりひょうたん島」のイエロ−.モンキーのボスが来てやすぜ ”



”適当に、案内して追っ払っときな、まったく、モンキーは世界平和の事も考えられない脳足りんばかりだわい、そもそも家(うち)は日本と契約してるんだ、ひょっこりひょうたん島の民族は元々、少数の異民族だからどうしてもよいって言ったのは佐藤って男じゃないか!お門違いじゃないの ”

何度「陳情」を繰り替えしても同じである。




元々、全国的な不況なんだから、沖縄だけが不況なわきゃないっつーのに文盲の多い土地では言ってもわからない。


さらに貧しくするための「ジャマイカ化計画書」を提出する島民も現れた。


小学校へ行き直して社会科の授業でも受講させなくては信じてもらえない。


根本的な問題は、年がら年中遊び暮して来た者が仕事を開発できなかった所に発生したのではないのか?



猫も杓子も同じ仕事で張り合えば不況になるに決まっている。


簡単な、社会学だ。


その発端のすべてが、「楽そうだから」である。


なぜなら、「楽そうでない、儲かっている仕事」には手を出そうともしないではないか。


その子供も似たような育ちのままほったらかしだ。


その証拠に、食えている親は、子供も容赦ない育て方を始めているではないか。



学習塾に放り込めばよい、というものではない。

親見て育つに決まっているではないか。

芸もない子を芸人に仕立てて一獲千金を夢見てばかりいても、問題は何の解決も見ない。



白痴の米兵をもてなす「文化」しか造れなかった者が、今度は大和人をもてなす文化を造る、と言う事ではないのか?



英語くらいハワイでもフィリピンの国民なら誰でも喋っている、それでも貧しい国は貧しいんだ、と何度叫んでいる事か。

ガリバーの通訳で一生食えるわけがない。



ガリバーは、自分でその土地の言語を学んでいるから無用である。

「ウッホ、ムキキ、ヒー、キュッキュッキュ、カアー」とお友達になったチータでもジャングルを案内してくれる。

大衆向けの観光など所詮、極めて即物的な体験がその主たる目的である。

観光地でありながら、今や、本土芸能団に外貨として持って行かれているだけではないか?

しかも、その献上者は、貧しいはずの島民たちである。

実に阿呆らしくも終りのない穴掘り作業ではないか。

掘っては埋め、埋めては掘る。



現代は、機械操作さえマスタ−すれば「電脳人間」として「知性人」を名乗れる。

今や、私でさえ、このホームページを作成している。

1時間ほどの「講習」を受けた程度である。



私は、マニュアル書を全く読まないからだ。


知っている者に尋ねた方が早い。


しかし、こうしたコンピュータ関係で、質問攻めにするとそうした達人たちでさえ意外に私の疑問には答えてくれないのである。

たぶん、私が、マスターしたいものが、回りの達人には、さして重要な機能ではないからなのだろう。



とすると、皆んな、機械操作にかけては我田引水(がでんいんすい)なのである。

知っている事は声高に言い、知らない事は興味のないふりをする程度である。

であれば、私は、どの辺(あた)りで、「実は、私も電脳人間だったのです」とカミング.アウトすればよいのだろうか。

もし、そう宣言し、コンピュータに不馴れな者に取り囲まれ、優位な位置に立つ事ができたとして、その中から私の知らない機能を問い正して来た者がいたとしたら何としよう。

私は、恐らく、興味のないふりをするだろう。

「ああ、そういう機能もあるね、でも、まず、最初は、、、」と言う返答である。

見渡すと、誰しも自分の身近に、こうした「天才的電脳人間」たちがいるようである。

「ぼくの知り合いにとんでもなくコンピュータにくわしい男がいるんですけど、、、」と言った具合である。

私は、別段、コンピュータが扱えたからと、自分の能力がパワーアップしたとは思えない。

メールにしても、文字を書いて送る、という事は、平安時代でも盛んであるし、どんなに時代が進んでも、リスト(ピアニスト)やパガニーニ(バイオリン)は、いつの時代でも超絶技巧の演奏家であり作曲家である。


人間の技巧と言うものは、さほど進化していないように思われる。

オリンピック級の記録にしても、計量器の近代化に依る所が大きい。



ジャンプ力と言うものにしても基本的には、様々な「跳躍フォーム」の改良に依る試行錯誤の所産のような気もしないではない。


飛ぶ、走る、持ち上げる、投げる、殴る、というものは原始的な能力である。



潜在的能力には、古代人も現代人もないのではないか。


また、それだけのために日常を費やす、という専門職も誕生していない時代との比較である。



とすれば、一般社会において、変ったのは、「流通速度」である。


飛脚(ひきゃく)が電子化し「メール」となっただけである。

今や、通常の郵便はスネイル(SNAIL)と呼ばれカタツムリが配達するもの、と言う俗語まで存在する。



mailsnail を区別しているわけだ。


今後、何世紀も変らないのだろうか、と思うものは、「傘」の構造のみである。


この電脳の時代にさえも、雨が振ったら、手に雨避(よ)けの「擬似天井」を掲げ支えるのである。



昔の、葉っぱの時代からその素材が変化した程度である。

太古の昔から人間の能力はさほど進化していないのである。

人が生涯をかけてある一つの事にかかわり、成し得る事には昔から限界がある、と言う事なのだ。


したがい、いくら時代が進化しようが、人間のやる修行項目はさほど変りないのである。


パソコンを使用したからと、すぐれた文章が書けると言うものでもない。

専門家は、退化する、と睨(にら)んでいる。



何百枚も書き損じた原稿を推敲(すいこう)して、一枚の原稿を作り出す、という当たり前の手順を踏まなくなるから、という。

パソコンで消去した原稿は、せいぜい手前のものしか記憶していない、からである。

100回分をストックしておく事はない。



時代によって能力が進化していないという事は、デスクトップ.ミュージック(DTM)と呼ばれる、コンパクトはめ込み式コンピュータ.ミュージックの一種を見ても理解できる。



どれもステレオ.タイプな音楽産物しか生んでいない。

最近の、何でも「チン」して組み合わされるファミリーレストランの調理法である。



当然、ひと頃の「インスタント食品」とは比較にはならない冷凍食品である。


悪い事ではない。これも経営手腕である。


これをテーブルトップ.ディナー(DTD)と呼んではどうか?





元凶は、日々を、ただただ忙しい、の一言で片付け、物事を深く洞察しない態度の者である。


それは職業を問わない。 医者であれ、弁護士であれ、歯医者であれ、教師であれ、料理人であれ、公務員であれ、飲み屋の親爺であれ、日々の職業で手一杯で毎日が終るのである。



生き方は、個人の自由である。




しかし、何かしら他人を左右するほどの行為に出ようとする者には職業以外の様々な現状を知る義務がある。

でなければ、人生をおとなしく、できるだけ他人への影響力のない所に身を置き、ひっそりと暮すべきである。

当然、子供の教育には携わるべきではない。


似たような人間をこれ以上増やされては、その影響下にある人間にとってはたまらない。


世の中には、がんばらないでもらいたい人種がゴマンといる、とも再三声を嗄(か)らして主張している。



政治の世界を見ればわかりやすい。


こんな奴ががんばったらまずいなあ、と言う連中だ。



「蔓延(はびこ)る」と、言い替えてよい。

オ−ム、アレフの上佑なんかもそうだ。

とにかく君等は、がんばって生きないでくれ、である。


嫌な上司もそうだろう。


そうした「忙しい」日々を何十年も過ごしてしまう事にある。

(本当は、人間の嗜好(しこう)の問題であるのだが、、。忙しさは単なる言い訳である。)

彼等は、あまりにも実利的な知識しか知らなすぎである。


どれほど自分自身が「洗脳」され続けているのかも気づいていない。


知らないままに様々な結論を下し、また、その意見もいつのまにか変更している。


「熱狂」の移り変りも著しくはげしい。



私が、こうした生徒の数々と接し、学んだ事は、人は生れながらの環境によりそう簡単に「変らない」という事である。




まったく変らないと言ってもよい。


親孝行なのだろう。


親を喜ばすためになら何だってして見せるのだろう。


嘘八百は当たり前である。

現在、音楽界はそれに魅せられ教室へ通おう、とする人間の中の十人中たったの一人程度しか「普通の生徒」は来ない。



これが現状なのである。


これは全国的な現象なのであろうか?


いずれにせよ優秀な人材、修行人は現在、音楽には向かわない、と言える。

どこに流れているのだろうか?

料理の世界なのだろうか?

はたまた格闘技界なのだろうか?


一獲千金はったり屋ばかりで「修行の人」がいないのである。


彼らは不良でもない。

頭がこれと言って悪いわけでもない。

しかし少しでもパソコンでもいじればすぐに「天才電脳人間」と名乗り出す者ばかりである。

まるでビデオ.デッキを初めに使いこなした者が「インテリ」と宣言した時代のようである。

初めて電話を引いた家庭が「ブルジョア」を気取るような感じである。

とにかく機械の操作を覚えれば「インテリ電脳人間」であり時代のトップ.エリートを気取るのであるから簡単である。

機械以外の質問をして見れば一目瞭然である。

バカである。

今、音楽の世界は彼等が中心である。

彼等にしか同じバカの気持ちはわからない。

そんな時代の音楽が好きだ、と言うのだから「普通」ではない。

そんな連中を相手に商売をしなくてはいけない私も「バカ」である。




彼らは一般に「生徒」と呼べる種の人間ではない。



彼らにとっては私も単なる世に出るための「踏み台」である。



今、音楽に群がる若者の質はどんどん低下している、という。

無限のようにバカが群がってくる職種である。



そのバカぶりを見ることが普通の人の「趣味」となっている。



どれだけバカがりこうぶれるか、と言う芝居は確かに見ていて「喜劇」である。



しかしこれは「演劇」の世界ではない。


「現実」の世界なのである。


これだけのことをされて私は一人黙っているような人間ではない。



また黙っていては身体に悪い。



相手は「したたか」な戦略を繰り広げる山師たちである。



しかしこのことをいちいち一人一人に語るだけの気力もない。



大変である。



彼等が話題に上がる度(たび)にその顛末(てんまつ)を説明していては。



ただ私の目の前で彼らの話しをしなければよいだけだ。


大宜味(おおぎみ)小太郎(故)と仲田幸子の話しはよいが連中は音楽とは関係ない、沖縄芝居の役者であった。



私は芸人なら芸のために生きる「本物」が好きである。

一日中、芸を磨くことしか考えていない連中である。


森繁久彌氏もテレビで最後まで見取りたい。


連続ドラマの素人芸はもうよい。


子供が子供の役者を目指す夢の話しは聞きたくない。


昔の役者の20代の頃のドラマを見ると今の私よりもずっと「大人」に見える。


(生前の向田邦子が晩年の志村喬(たかし)氏に触れ、テレビ界では「役者は年を取ると次第に誰も使わなくなる」と言って嘆いていたことを20才くらいの頃に読み気になるのである。そんな役者人生は哀れである。次代の者が誰も知らないままその生命を終えるのである。)



長い間、私は沈黙した。


彼らには「誤算」があった。

私が彼らの踏み台になるほど「死んでいるバンドマンの一人」と考えたのだろう。

未来は自分だけにしか訪れないだろうと思ったのだろう。



私には彼等の未来は輝いて見えなかった。



今でも見えない。

私の憧れた人は誰も知らないから彼等が人気者に成れたとしても別に興味がないことでもある。

芸と言うものは、日陰に生きている時に輝くものである。




なぜか。



(まあ、人によるかもしれない。いや、よらない、う〜ん。)


私はただ何年もこの状況を黙って観察しているだけである。

すべては同時進行で展開されている別チャンネルのドラマのようではないか!



彼等がどんなに「有名」になろうが私の印象は変らない。



その歩き方で彼らが変っていないことがわかるのである。

私は何年も沈黙し彼らの派手な活動とやらを眺めているだけである。


彼らにも「救い」の道はある。


常識を身に付け常識的に余生を過ごせばよい。




別に音楽界にとって惜しい芸でも人材でもなんでもない。



普通のアマチュアー芸である。


りっぱに大工の見習いから修行して人生を送ればよいのだ、と思っている。


彼らの誤算は、私と同業の世界にいるとは思っていないことである。

もともと彼らが住める世界ではない。

世の中をなめきっている人間の行動でしかない。


これらすべてのタイプと私は、何年にもわたり、個人レッスンと言う形でかかわってきたのである。


個々を知っているのは私だけである。

こんな体験ばかりを誰にも話せず暮らして来ればいいかげんうんざりしてくる。


こうした生徒に欠けるのは、自分に対する「客観性」のなさである。



誰からも指摘されないままに人格形成をしてきたのである。


授業態度の目撃者は誰もいない。

多くの講師稼業に従事する者はこうしてストレスを溜めていくのである。



特に、流行音楽の世界に群がる人種は「変」である。




このサイトにこれらのタイプを掲載した理由は、今後の入会希望者に対し「これらのタイプでないと思ったら来てください」と述べるためである。

貧乏にもついでの主張、と言うものがある。




要するに彼らは修行事(ごと)には向かないのである。

音楽をやる前に書道か、算盤(そろばん)か何かを経験して後、自分が修行事に向いているか判断してほしいのである。武道でもなんでもよい。

できるならランク表がある習い事がよい。



それで大体のことがわかるのである。



挫折型かどうか。



音楽修行はそれらと何ら変りはないのである。


本当は、最所の面接で大体予想はついている。


「たぶん、半年だ」「これは一年はもつ」といった予想である。


目に輝きがないのである。


歩き方もおかしい。


質問も一切ない。


(一切、課題はできないのに「質問魔」もいる。私が騙されるわけがない。黙って弾けばすべては判明している。)

死んでいるのである。

すべてが無感動なのである。

帰る後ろ姿に「喜び」のオーラが発していないのである。


私の教室は、一度退会した生徒は基本的に二度と受け付けないようにしている。

何年経ってもミとファ、シとドが半音であることを覚え切れない者もいる。

ちゃんと日本語は喋る。





最初、彼らが私を選び、次は私が彼らを選ぶ。




彼らは、変らないのである。



何度反省してもダメである。




反省も趣味の一つらしい。


かかわらない方が一番よい。

本当に自分のそうした性質を直したかったら戸塚ヨット.スクールに自分から行くか、テレビ番組の「がちんこ」にでも応募するとよい。



(なぜかテレビに出て修行する人種だ。)

読書もしないのだから本も紹介できない。


だから身体を使って学ぶしかない。


小学校以来、この手の種族とは、私は会話することもなかった。



最近は、そう言った種族の目に止まらないように教室広告もやめてしまった。


問い合わせが来たらサイトを読んでから決めてくれ、と言うことにしている。


今から大正琴でも習った方が年を取った際にみんなについていけると思う。

絶対、その方がよい。

ますます貧乏になっていく。

しかし、これ以上、ステージに上がることだけを夢見る人種を増やしても音楽文化は発展しない。



私は、昔からステージなんか本当は出たくない。



楽器が上達するだけでよかった。

目標はそんなものだった。

ステージに上がっている自分の姿など夢にも出てこなかった。


ただ、私の夢では、真っ暗な世界に音だけが飛び交っていただけであった。


ステージで演奏する私を眺め、悦(えつ)に入っている私自身の姿はどこにもなかった。


彼らは一般の「聴き手」にも育っていかない。


あまりにも音楽を聴かなすぎである。



ミュージシャンの名前もまともに言えない。


「エリック.クラプトン」である。

(これは私の世代にもいる。「プランクトン」さえもいる)

「バン.ヘレンのギタリストは好きかなあ〜」と言う人気インディーズ.バンドのギタリストもいるそうである。



(「バン.ヘレン」はバンド名ではなくそのギタリスト本人の名前である。人間名である)

本物は常に優秀な聴き手でもある。

またそれが極上の「娯楽」と感じる者たちである。



今だかつてミュージシャン名を100人くらい列挙できない一流は見たことが無い。

皆んなマニアのようにあらゆる音楽の聴き手である。

それはどの分野も同じである。

食べる事が嫌いな料理人はいないはずであるが、下位レベルに行けば行くほど「食い道楽」の料理人が減っている。



まあ、彼らのような生徒は何年かかわっても私のライブには一切来ない種類の人種である。




私としてもその後どうなったのかは興味がない。

あちらも当然私には興味がない。


また名前もよく覚えていない者ばかりだ。



覚えている、と思う方が変なのである。



私には覚える事が無限に存在する。



だからどうでもよい記憶は、どんどん消去して行く。



でないと私くらいの脳の容量では新しい事が記憶できない、と再三言っている。



頭の中に彼らの映像は微かに残っている。


「エイリアン」のラストの無言の映像シーンのような感じだ。


よく覚えていて当然と言った口調で来る者がいるが私にして見れば100人中の1人である。



毎日新しく覚えることもたまっている。


もし彼等の名前を覚えていたとしたら、私の人生に「進化」はない。

それほどとりたてて個々には特徴のない人種である。



種族としか言い様がない。

だからパターン化できるのである。



しかし、盗人根性の者は覚えている。

これは、彼らが今度は何を企(たくら)んで行くか、に興味があるからである。

音楽家は、生活のために、これらの者を相手にして自分で自分の首を絞めているのである。

何度強調しても足りないが、この手の憧れ型が、いったん演じ手になったらもう聴き手にはもどらない。


彼も自分を一人の演じ手の部類に入れ、決して聴き手の仲間には入らない。


これは、昨今の様々な分野での現象である。



そのためになおいっそう衰退して行くのである。


特に近年、沖縄市は猫も杓子(しゃくし)もミュージシャンである。



やがてお望み通り「ジャマイカ化」し、街中にますますあやしげなドラッグが出回るだろう。



ドラッグも彼らにとっての必須(ひっす)アイテムのひとつである。


終いには、みんな楽器を肩から吊るして歩き、文盲(もんもう)をカバーするべく楽器を演奏して秘密の会話がなされるであろう。


「あっ、あの太鼓の音は!只今マリファナ大量入荷中らしいぜ」である。


政府もミュージシャンの創作意欲促進のためにミュージシャン登録者へ支給品として毎月秘かにマリファナくらいは配給するようになるであろう。


島の経済を文盲の若者に頼ったバカな行政者たちが望んだ理想の社会である。


島中の若者がやがて演じ手としてその恩恵を受けることであろう。


治安のよい犯罪都市は意外に観光客にとってもスリリングで面白いかもしれない。


沖縄の人間はそのDNAの中に「外からの人間に手を出してはいけない」と埋め込まれているのだろう。

また、そんな事件も思い当たらない。

その逆は「歴史年表」でも作成しないと整理がつかない。



どこもかしこも人を集めた方が勝ちである。





こうした島の現状の中から私の音楽教室に通う者が常に忘れていることがある。






たぶん普通に生きてきたからわからないのだろうと思うから付記しておく。




私は、音楽を教える立場の「教師」の前に、一人のミュージシャンである。




私は、教室の生徒はどうなろうが一切気にしない種の人間である。




でなければ、教室を退会した後、一切の音沙汰ない者たちとつきあえるものではない。

元々、楽器を弾いて人前で演奏したい、と言うものは、非常識系であるから「さもありなん」と思っている。




こうした関係で生徒も先生もない。




お互いに何時(いつ)死んだのか不明のままの余生があるだけである。




どこでも簡単にこれだけの教育が受けられると思っているのだろう。



彼等の事はどうでもよい。




感謝の念は、教養人にしか宿らない。




何年在籍しようが彼等が私のライブを見た、という事実もない。



他のコンサートを見た、と言う者はいる。



彼等が忘れているのは私がミュージシャンである、という事である。




私は、私のエネルギーを放出する私のライブを愛するお客さんだけが私に取って一番大切な「他人」である。


このことを理解できない生徒は少し学校教育というものでずいぶんと甘えながら育ったのだろう、と思う。


音楽系の生徒と言う者は何年在籍していてもたった5分で退会の弁を述べ、以来、永久に出会うことはない者ばかりである。



そんな性質の者だから自分も音楽の演じ手になってみたいと思うのだろう。


私は、優秀な「聴き手」を育てるために教室をしているにすぎないミュージシャンの一人である。




優秀な聴き手はその耳で優秀なミュージシャンにもなる。


現役のミュージシャンで音楽を教えている者はみんなそうであることを知らない者が多いから述べておく。


私は金八先生ではない。


様々な現状と闘うミュージシャンの一人である。


基本的に私の音楽が好きでない者がどうなろうと私は涙一つ見せない人間であることをついでに付記しておく。


音楽講師は私の表の顔で、ミュージシャンが私の裏の顔である。


私はそういう裏表のある人種である。


本気でミュージシャンを目指すなら、まず、このことを見抜けない者が、取りかえしのつかない行動を平気で私の前で繰り広げてしまうようだ。

まともなミュージシャンならみな同様である。

社会に出たら金八先生はいない、と心得たらよい。

あれは悪い傾向である。

実際、武田鉄也氏自身ですら「オレは私生活でも金八先生ではない」と主張し様々な年長の芸能人に嫌われているではないか。

それを偽善と言うのなら渥美清は、生涯、寅さんのように「無学」を演じなくてはならない。



そうなればもう「役者生命」は終わりである。

しかし、庶民の気持ちを害してはならない。

だから私生活を社会から隔離(かくり)するしかない。



スーパー.マンの役しか来ないから自殺する者が出たのである。

役者もホームドラマばかり出ていてはダメになる。



人気クラブ、ホテルのバンドマンを何年もやっているようなものである。

世の中は一度のミスで失脚することの方が多いということを知らねば生きてはいけない。

プロ系ミュージシャンは、人間性のかけらもないバンマス(バンドマスター)に罵(ののし)られ、罵倒(ばとう)されながら、わずかな「芸」を学んできた。



りっぱな人は、そうはいなかった、と記憶している。



だから忍耐強いのである。



しかし、それは学ぶことに対してだけではある。

念のため、普通の真面目で、ジャズを学ぶことが楽しくてしょうがない生徒も大勢いる、ことを付記しておく。




その中の1割程度が私のライブの常連である。




こんな生徒に出会うため、私は、教室をやり続けているミュージシャンの一人である。




私を踏み台にして、できそこないの技を披露(ひろう)して名声を獲得しよう、と企(たくら)む山師たちのためではない。



10人に1人、の割合でこの土地にも私の理想とする生徒が存在する。



残念なことに彼らは楽器を上達することにしか興味がない。




彼等は、有名」になることのみを人生の「自己実現」としていないから、その存在は私だけしか知らないのである。



しかし、彼らは確実に私に生命エネルギーを与えてくれる「人間」たちである。



先のことはわからない。




私の役目は、その責任を取り、自分の教えをまず自分が実践し一日も早く彼らの住みやすい環境を作ってやることなのだ。


彼らはけっして衰退し自然淘汰された音楽の「保存会」の一員ではない。




自分たちは、新しく未来を切り開いていく音楽を学んでいるのだ、ということを伝えるためにも。


目を閉じれば、全霊を傾け教え育てようとした様々な生徒の顔がおぼろげに去来する。

100人近くはいるだろう。




さぞ豊かな老後を私は送れることであろう。




有名になりたいがための一念で、音楽なんぞに魅せられた人種に「常識」などあるわけがないから今は誰ひとり、何をしているのかもわからない。




どこでも簡単に最良の教育を受けられると思って生きて来たのだろう。




今日は冷えるから、教師をベッドまで連れて来てくれ、である。



私が、彼等とかかわりわかったことは、音楽は、心を半分無くした人間がもう半分を補うために聴くものである、ということ。

何が「情操(じょうそう)教育」か、である。


悪人助成の手段である。


次世では、市井(しせい)の音楽教師にだけはなるまい、と思う今日この頃である。



優秀な人材はどこに流れたのだろうか?




我こそは、必ず、「技」を修得できる、と自負する若者はいないか?

テレビ番組の「がちんこ」に出るような者は来なくてよい。




別に無理して教えなくても彼らも還暦を迎えれば自発的に奮起するはずだ。




もっと人間は長い目で見てやらねばいけない。




しかし、その間は見たくない、だけである。




修行の人」を目指す者たちよ、ジャズを学んで見てはどうか?





諸君なら必ずあらゆる技の免許皆伝となろう。





「保存芸」の問題も、いずれ克服するであろう。




漢字は読書をしながら地道に意味を調べ「漢字検定」など受けなくてもよいだろう。

漢字を知っているだけでは、人生の様々な問題には対処できないからだ。

しかし、ものには程度と言うものはある事は知っておいた方がよい。





諸君のような修行好きな人材が増えれば音楽界の問題は容易に解決できよう。





ものを学ぶ事は、押忍(おす)の精神である。





押し耐えて忍ぶ、と言う事である。





生きる事は、学ぶ事、である。




学ぶ事は、発見の連続である。





発見は、人生の醍醐味(だいごみ)である。

最後に、恐縮なのだが、、、、。

今の所、金にはならない。





現在掲載中の「日本人と模倣」は、移転のためのアクセス不能になる以前の2001年4月に書かれ、3日間掲載された旧文に新しく加筆して掲載しております。

2001年9月5日